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前リッジウェイ子爵のお買い物、それがお仕置きに繋がるのだろうと薫は理解した。更にそれは今後リプセット公爵夫妻の手助けになり、オランデール伯爵領民達の為になる。一体前子爵は何を買ったのだろう。そんなアイテムがこの世界に存在するとは、薫は直ぐにでもそれが何なのか知りたいと思った。
「サビィさん、どうしてリッジウェイ子爵家がどこの派閥にも入っていないか。あなたも、勿論キャロルさんもご存知ね」
「はい。夫人のご実家の伯爵家と同じで、どこかに属さなくてもやっていけるからです」
「ええ、その通り。それは言い換えれば、強い家とも言えるわ。そして自由だとも。前子爵は、質の良い家具を作る職人にいくつかの家具を発注したわ。それも、良い木材で。軽くて肌触りの良い寝具と生地の発注もね。派閥に囚われない前子爵ですもの、貴族間の繋がりなど気にせずわざわざ別々の貴族家の領から取り寄せている。最終的にはあなたとあなたのお腹の子の為でしょうけれど、過程は違う。あなたの親である自分達の為ではないかしら」
子爵が購入したもの、それはサブリナとお腹の子の為の家具、寝具、布。これらはリプセット公爵夫妻の手助けになるような特別なものではない。しかし、前子爵夫妻にはこの行為自体が特別なことだったのだ。夫人はサブリナとジャスティンの離縁が決まった後の、ファルコールには届くことのなかった社交の場での話を伝えることでその理由を教えてくれた。
二人の離縁直後、オランデール伯爵夫人はまだお茶会等の社交の場に現れていた。それはそうだろう、伯爵夫人は情報操作活動をしなくてはならないのだ。二人の離縁の理由は、サブリナの不妊だと。直接的な表現を避けながらも、その責任を一方的にサブリナに押し付け続けた。しかも、サブリナの兄夫婦にまだ子供がいないことを利用までして。勿論伯爵夫人の目的はそれだけではなく、ジャスティンの次の妻探しも兼ねていたのだが。夫人は多産家系か、既に子を産んだ経験のある再婚を考える女性を探していたのだ。但し、後者は難航した。
「わたくし達に孫が生まれるから、伯爵夫人はその子供の友人、若しくは伴侶になれる子が欲しかった。だから息子の再婚相手探しを急いだ。でもね、伯爵夫人の情報操作活動と、元妻を散々貶してまで守った息子がそれを邪魔したのよ」
伯爵夫人がお茶会で話した内容は、夫人達を通してその夫に伝わる。それを聞いた夫達は前リッジウェイ子爵と顔を合わせた際に、『お嬢様にもいつかまた良い縁談がありますよ』と声を掛けたのだ。社交辞令もあれば、本当に心配してくれる人もいたが、元子爵は決まって『あんなに大切にしてくれる夫を持つのは難しいかもしれませんね』と少し悲しげに全員に答え続けた。そんなことは微塵も思っていないし、悲しくもなかったが。
「前子爵はあなたが言われ続けた『大切』という言葉を利用したのね。恐らく前子爵の言葉を聞いた人は、皆思い出したはずよ、ジャスティン様があなたを『大切な妻』、『大切なサブリナ』と呼び、片時も離れず『大切』にしていたと。そして、あなたと離縁した後のジャスティン様がショックのあまり臥せているとなれば当分再婚は難しいと考えたでしょう。結婚したとしても、前妻を想いそんな状態の人が新しい妻を受け入れるとは考え難い。それでまた子供が生まれなかったら?今度はその女性がお茶会で子が出来ないと散々言われることになってしまうのだもの」
夫人の話を聞いていたサブリナの瞳から、涙が零れた。両親はサブリナをファルコールに留まらせ、王都の社交界でなされる会話から遠ざけてくれていたのだ。しかも本来サブリナに向かうはずだった全てを両親が引き受け、更には兄夫婦までそんなことを言われていたとは。
「ご両親は本当にあなたを愛し『大切』にしている。だから気付けなかったことを後悔したのね。それにその頃、不妊に関しては何も言えなかった。でも、あなたの妊娠を知ったお二人は考えた、伯爵夫婦に不妊はあなたが原因ではないとどうやって伝えようかと」




