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サブリナに向けられた、自分の発言が正しいか問うような夫人の眼差し。サブリナはそれに小さく頷き右手を自分の腹部に当てた。
残念ながら前世を含め薫には妊娠した経験がない。それに妊婦と共に生活をした経験も。それでも分かる、サブリナのその自然な行動は既に母親として子供との時間を過ごし始めたから出たものだと、そしてその姿がとても美しく薫には見えた。
結婚後不妊に悩んだサブリナ。薫はあの夢からサブリナが妊娠出来ることを知っていたが、その事実を伝える術などなかった。まさか夢で見たから大丈夫だとは言えないし、仮にそれを言葉にしたのなら聞いてしまった方が薫を大丈夫かと思ったことだろう。早々にお手付きをしてしまったノーマンには困ったものだが、結果としてサブリナが幸せを感じていることは事実だ。
「夫人、わたし自身も妊娠の事実を知り驚きました。お伝えしたようにジャスティン様とは子供を生す行為を最後までしていなかったと知ったにも関わらず、呪縛のようにわたしは妊娠しないのだと思っていたぐらいですから。伯爵家内でジャスティン様はわたしを心から大切な存在と言い、そう扱っているように振る舞っていました。あれはきっと子供が出来ないのは、わたしに原因があると思わせる為だったのでしょう」
「男性にも原因があるかもしれないのに、嫁という立場は損よね。それに伯爵家の人や使用人達は間違っても子が出来ないのはジャスティン様が問題だとは言えないから」
「はい。そうだ、デリシア、あなた達にはわたし達はどう見えていた?」
「その、ジャスティン様がサブリナ様をいつも大切にしていて仲睦まじいと。旦那様や奥様から何かお言葉があっても、ジャスティン様がいつもサブリナ様を庇い守っている姿はまるで騎士様のようだと噂しておりました…。何も知らなかったとはいえ、ずっとそんな風に思い続けてしまい申し訳ございません」
「とんでもない作戦だけれど、ジャスティン様がサビィさんを大切にしていると誰もに思わせたことはお見事ね。でも、わたくし、そういうの好きではないわ。ううん、大嫌い。色々ある貴族社会だからこそ、夫婦となった相手とは心を割って話が出来る関係を築かないと。腹の探り合い、騙し合いの中で生きるのだもの、せめて一番近くにいる人には…」
夫人が珍しく言い淀んだ。話していた内容はサブリナとジャスティンのことだが、スカーレットもまた婚約破棄を乗り越えたということが気になったのだろう。一番近くにいたアルフレッドに邪険に扱われた時期があると知っているのだから。
「夫人、わたしにはノーマンが今一番近くにいてくれます。そしてキャロルには、何人かが近くに寄ろうとしているから大丈夫です」
「ふふ、そうみたいね。キャロルさん、罪よ。あんなに素敵な男性ばかり」
「そんなつもりは…」
「わたくし、本当はその手のお話だけをしたいのだけれど、でもここは我慢ね。情報共有が先だわ。ジャスティン様のとんでもない作戦にあなたのお父様が面白いことをしているのだけれど、それも話しておきましょう。ここに来て、漸く意味が分かったから」
「父が何かしているのですか?」
「ええ」
夫人はファルコールに来るまではただの情報が、サブリナの妊娠を知ったことで面白い話になったと言い前リッジウェイ子爵が何を始めたのか楽しそうに喋り始めた。




