王都キャリントン侯爵家3
『温室育ちの小娘だ、いざとなったら、おまえならどうとでも出来よう。ただし、キャストール侯爵を怒らせるな。その場合は先ずは娘を骨抜きにしてからだ』
相手はこの国で最高級の温室で育てられた、最高級の高嶺の花だ。外部との接触が無さ過ぎて、デズモンドのような大人にかかれば直ぐに手折られる、それがキャリントン侯爵の狙いだった。
キャリントン侯爵の指示は、既成事実を作りどこへも嫁げないようにしろということだ。デズモンドがスカーレットを引き受けざるを得ない状況に持ち込めということだった。
『おまえの兄のように孕ませるのが確実だろう。しかし、兄のように誠実にはなるな。結婚はしてもしなくてもいい。ただ、留め置けばいいのだ』
デズモンドは侯爵の命に一つだけお願いをした。マーカム子爵家の名を汚すことはキャリントン侯爵家にも迷惑を掛けてしまう、だから折を見て兄をマーカム子爵にしてもらえないかと。
一年以内にマーカム子爵位はデズモンドからルパートに移る。その時は恐らく病弱な兄が回復し、その優秀さを見せたといったような噂が流れるのだろう。
目の前で手紙を差し出すテレンスには今後どのような噂が待っているのだろうか。出来れば未来を潰すような噂だけは広められて欲しくない。テレンスもまたデズモンドのように他者の恋に巻き込まれてしまったのだから。
他者の恋に巻き込まれる、その共通項は、デズモンドが普段持つことのない親切心を抱かせた。
「テレンス様、お預かりすることは可能です。しかし、キャストール侯爵令嬢は心の病で外には出られないと聞いております。ですので、お渡しすることは約束できませんよ。それに、全てから逃れる為にファルコールで静養されている侯爵令嬢に会えたとしても、王都でのことを思い出させるテレンス様の手紙を渡すという行為は些か酷ではありませんか?」
「…」
「付け加えるなら、渡された手紙を侯爵令嬢が読むという保証もありません。わたしが、返事を強要することも出来ませんし。どのような謝罪かは存じ上げませんが、ご本人の心が回復してからテレンス様ご自身が誠心誠意お伝えするほうが良いかと」
「しかし、彼女が王都に戻ってくる保証はない。そして、わたしもいつまでも王都にいるとは限らない」
デズモンドは理解した。テレンスは遅かれ早かれ王子の側近から外れると。そしてその後はどこかへ飛ばされるのだろう。次男ということもあり、ますます境遇がデズモンドに似て見える。
だからこそ、デズモンドは手紙を受け取ってはいけないと感じた。
「手紙ではテレンス様の謝罪が一方通行になります。侯爵令嬢が許すにしろ許さないにしろ、結果も含めて知らなければその手紙は詫び状ではなく、あなたの自己満足になるだけです」
「分かっている、でも、俺にはもうどうすることも出来ないんだ」
言葉の乱れと共にテレンスの行き場のない感情が顔に表れた。
「あなたはまだ十八。これからを信じるべきです。何があなたにとって良いことに変わるか分かりません。同様に、侯爵令嬢にも。直接話せる機会を待ってはいかがでしょうか。けれど、どうしても待てなくなったらわたし宛の手紙に侯爵令嬢への手紙を同封して下さい。わたしは当分ファルコールに居ることになりますから」
しばしの静寂。
そしてテレンスは言った『ありがとう、またスカーレットを傷付けてしまうところだった』と。
デズモンド達大人が知ることは、貴族学院で何があったかの大筋。しかし渦中の人物の一人だったテレンスは細部までを記憶しているのだ、どんな言葉でスカーレットを攻撃して貶めたのか。中身が謝罪だとしても、その手紙自体が如何にスカーレットを傷付けるか理解したのだろう。
そしてデズモンドは思った。スカーレットもまた他者の恋路で人生を狂わされ、不幸なことに国の外れで引きこもっているのだと。
それまでは子供のお守りをする為にファルコールへ行かなくてはいけないと思っていたデズモンド。その考えに大きな変更はないが、少しだけスカーレットという女性に興味を持ったのだった。
しかし、それは恋や愛へと繋がる興味ではなく人としての興味。
まさかスカーレットの中身が薫だと知る由もないデズモンドは、そんなことを思いながらキャリントン侯爵家を後にしたのだった。
デズモンドの役目とバックグラウンドでした。




