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「では、お茶を淹れ替えてもらいましょう。サビィさんがこのお茶を口にしなかったのはそういう理由だったのね。では、わたくしの侍女にもう少し恋愛話を掘り下げるから、こちらのお茶を用意してもらってきてと伝えるわ。そう言えば、あなたの侍女は理解するわね?」
「はい」
夫人はただ話をしているだけのようだったのに、細かいところまでよく見ていると薫は思った。それにお茶を淹れ替えるよう侍女に言葉を掛ける際にも、まだまだ恋愛話が聞き足りないと茶目っ気を見せる演技をするとは。邸内で過ごす際のリプセット公爵夫人というキャラクターを上手く作り、それを演じているから命じられた侍女も任せて下さいと言わんばかりに頷いたのだろう。
少しして侍女が新たなティーポットを持って来ると、夫人は透かさずサブリナをチラリと見遣った。
「これでこのお茶の分は楽しい話を聞かせてもらえるかしら?」
「わたしの話で宜しければ」
「良かった。じゃあ、全員分を淹れ替えてちょうだい」
夫人はちょっとした仕草で、サブリナに香から飲めるお茶なのか確認させた。そして持って来た侍女に笑みを浮かべ『良かった』というあたりも卒がない。流石は公爵家の夫人だと薫は感じると同時に、この体の持ち主だったスカーレットもまた王子妃になる予定だった女性だと思い出した。多くを学び努力をしたというのに、一瞬で全てが無駄になってしまったから、薫がここでこんな風に社交とは無縁で暮らせるのだが。
社交…。薫は先ずは夫人に確認しなくてはいけないことがあると考えた。
「最初に確認させて下さい。ファルコールにいるわたし達が、公爵夫人からの情報に見合うものをお返し出来るか心配です」
「わたくし達が今、ここにこうしているだけで十分よ。それにお食事や温泉、これから楽しそうなことが沢山待っているのでしょう、わたくし達夫婦には」
「はい。楽しんでいただけるよう努めます」
「では、時間を有効に使いましょう」
夫人が最初に共有した情報はクリスタルに関してだった。サブリナにジャスティン、クリスタル、オランデール伯爵夫人について質問をしていたのがこの為ならば、夫人はある程度話運びをどうするか決めていたのだろう。
それにしても、夫人が話す内容はサブリナがクリスタルに手紙を送った時よりも悪くなっている。サブリナが刺繍を断る手紙をクリスタルに送ったのは、手を怪我して細かい作業が出来ないと嘘を吐いてでも状況を変えられるようにと考えたからだ。断ったのは嫌がらせではなく、この先を考えての優しさだった。しかしクリスタルはその状況を受け入れられないどころか次の手を講じてきた。それがサブリナの元侍女、オリアナ。
「ジョイスの手紙からでは見えなかった部分はそれだったのね」
「オリアナは何も言えないわたししか知りませんでした。だから簡単に王都へ連れ戻せると思ったのでしょう」
サブリナはオリアナとのオランデール伯爵邸内での関係も夫人に話した。似合わない化粧に髪型、それにドレス。更には毎日コルセットを締め続けたことも。
「あなたは何も言えなくなるよう、締め上げられていたのね」
「実はノーマンから教えられたのですが、似合わない化粧やドレスはオリアナ、そして彼女と仲が良い使用人仲間の為だったようです。紅の色は彼女達が好むもの。ドレスは払い下げられた時の為」
「あら、デリシアさん、何か気付いたようね」
「…あの」
「話してご覧なさい」
「そうよ、デリシアさん。わたしがあなたをここに呼んだのは、今まで感じていた不思議を解消してもらう為。気付いたことを呑み込むのではなく、それがどういうことか確認しましょう」
「はい…。オリアナと仲が良かった使用人達の物が随分良い物だったのはそういう理由だったのかと」
「ええ、だって、その品物はわたしの品位を保つ為の予算から出ていたのだもの」
「それに、オリアナは侍女からメイドになった時に『わたしはこんなことをする為にいるのではない』と言ってわたしに仕事を投げてきましたが、その理由が分かった気がして…、あ、すみません、サビィさん」
「いいのよ。わたしがさっき話したでしょう、ジャスティン様とオリアナのことは」
「でも、そんなオリアナという女性にまであなたは優しさを見せたのね」
「優しいかは分かりません。ただ考える材料としてアイリスの存在を教えただけです」
夫人はそこまでの話を一旦区切ると、ここにクリスタルが知らない重要なことがあると続けたのだった。




