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そこへ向かえば、会いたい人がいる。そしてその人から、力を貰える。即ち今のジョイスは確実に前に進めるのだ、何て素晴らしいことだろうか。
「ジョイ、昼食はどうだった?」
「ああ、リプセット公爵夫妻と対話が出来たと思う。ただ協力してくれるか否かの返事は貰えなかった。だから、協力が得られなかった場合のことも考えておくさ。それと母がデリシアさんとサビィとも話がしたいらしい。恐らくリプセット公爵夫人として確認したいことがあるんだと思う」
「分かった、二人には伝えておくわ。夫人には思うところ全てを話した方がいいと。変な小細工は通用しない方だから」
「何だかキャロルの方が俺の母を知っているのではないかと思えてきた」
「そんなことはないと思う。わたしが知るのは社交の場のリプセット公爵夫人。あなたが知るのはエラルリーナ・ベラルナ・リプセットですもの」
「ありがとう、今はその言葉に救われる気がする」
「大丈夫よ、ジョイ。百パーセントでなかったとしても、お二人から協力は得られると思う。あなたの計画はそれを見越したものでしょ」
スカーレットは見越したと言ってくれたが、実際は読みが甘いから即答を貰えなかったのだろう。それでも、スカーレットが大丈夫だと言ってくれたことがジョイスに自分の計画を信じる力を与えてくれた。そして頭の中で、過去のスカーレットを思い浮かべる。あの貴族学院の時の固い表情を。二度とあの時のような表情を浮かべさせない為に、ジョイスは動かなければならない。
「で、二人は食後の散歩を兼ねて厩舎へ向かったよ。時間的に昼食を取った後のハーヴァンと公爵家の御者達が馬の世話をしているだろう、温泉を使って」
「丁度良い時間だったのね。公爵は出資者ですもの、しっかり見てもらわないと」
「キャロルがクロンデール子爵に提案した早馬の定期便にも興味があるようだった」
「勿論歓迎するわ。上手くいけばもっと素晴らしいものになるかもしれない」
「もっと?」
薫はこれまたテレビで観たイギリスにある赤いポストを思い出していた。ポストにはその時々の王族の印、ロイヤル・サイファーなるものが付いているらしい。もしも早馬便に公爵家の紋章をモチーフにした印が付けられれば、なんとなく格好いいし、信用が高まるように思えたのだ。最初はバイク便をイメージしていたが、町々にある代官所への集配業務等を行えば更に良いビジネスになるだろう。それを請け負うには、信頼性を担保しなくては。仮に隣国も含めそのビジネスを広げるならばリプセット公爵家と、パートリッジ公爵家という二枚看板はこの階級社会でとても役に立つと薫は考えたのだ。
それに…、結局前世で薫が行くことはなかった沖縄だが、悔し過ぎて何度も妄想旅行はしてしまった。中でも気に入ったのが、石垣島からの離島への旅。イメージを膨らませる為にネットで様々な情報を調べていると、人を運ぶ船に郵便のマークが付いているのを見たことがある。説明など書いてはいなかったが、マークを見ただけでその船は人を運ぶだけではなくその役目も担っているのだと薫は即座に理解した。ワンポイントでもマークの持つ力は大きいのだ。ビジネスが本格化し、そこにリプセット公爵が絡んでくれれば公爵家の紋章を簡易化したモチーフも夢ではない。人々がそのモチーフを度々目にする内に、そのモチーフ自体が業務内容を表す日がいずれ訪れる可能性もあるだろう。
薫に絵心は全くないが、いつかこの世界にコーポレート・アイデンティティ、あの企業のロゴをデザインする人が現れる日に繋がるかもしれない。
ジョイスの言葉で薫はそんな未来を思い描いていた。その表情はどことなく楽しそうで。だからジョイスは、スカーレットが自分の話から何か楽しいことを見つけたのだろうと理解した。今はまだスカーレットの頭の中にだけ存在すること。しかし、それも実現されるよう上手く聞き出して計画を立てなければならないとジョイスは思ったのだった。




