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厩舎へ向かうリプセット公爵夫妻。寄り添う背中だけしか見えないジョイスには、二人の機嫌や考えなど分かりようがなかった。
本当のことを言うならば、二人は最初からジョイスの頼みに協力するつもりでいた。勿論、おかしな頼みだったら撥ねつけたが。それにお粗末な内容だったら、修正を加えてあげる程度は仕方がないと思っていた。無表情で可愛げが無くても、やはり末っ子のジョイスは二人にとり可愛い息子なのだ。しかしそれを前面に出すわけには行かない。可愛いが先行しては、育てる手に甘やかしが加わってしまう。だから見送るジョイスに二人が見せた背は、リプセット公爵夫妻としての姿だった。
そう、だからジョイスは考えた。二人が協力をしてくれるか否かを。デリシアの状況を伝えたのは、母がそれを嫌うと知っていたから。格下貴族や女性だからと無下にすることを嫌う母に、その母を大切にする父。デリシアの状況が母に響いてくれれば協力が得やすくなるだろと思いジョイスは昼食の際に話したのだ。しかし、そのこと自体をジョイスがデリシアを利用したと取られはしないだろうか。否、事実としてジョイスは利用している。けれどそれだけではない。利用はさせてもらうが、その対価をデリシアには渡せるはずだ。しかも、二人が協力してくれればオランデール伯爵も上手く抑えられる。けれど、これは二人の協力ありきの話。両親の背が徐々に小さくなるに連れ、二人を当てにし過ぎたことをジョイスは反省した。重要なのはジョイスが目指す終着点。両親の協力はその通過点に過ぎない。
今のジョイスに必要なのは、通過点がブレた場合を考えること。
ジョイスは二人の姿が確認できなくなると、その足でスカーレットの元へ向かった。現状を伝える為でもあるが、ただスカーレットを傍で感じ話をしたいと思ったのだ。そうすれば、終着点への代替案を出し易くなるように思え。何故なら、終着点はスカーレットの心からの笑顔。それを思い浮かべる為にも、本人は必要不可欠な存在だ。
両親を食堂に案内する時はあんなに重く感じられた足。それが、スカーレットに向かうと思ったら急に『軽やかな足取り』に変わったことにジョイスは自分自身を何て現金なヤツだと思った。




