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ファルコールの館のホテル翼側にある食堂。その日当たりの良い窓際の席に既にカトラリーは並べられ、後は給仕が始まるの待つだけのテーブルが一つ。ジョイスがそこへリプセット公爵夫妻を案内すると、見計らったようにナーサとサラが温かいスープ、サラダ、チーズの盛り合わせ、サンドイッチを並べた。
「このベルを鳴らしていただければ、食後のお茶とお茶菓子をお持ちいたします」
ナーサは皿を並べ終わると最後に呼び鈴をジョイスの利き手側のテーブルの隅に置き、サラと共に美しい一礼をし去っていった。
呼び鈴の本当の役割はお茶を給仕する為ではない。これは合図、ジョイスが両親との話し合いが終わったことを知らせる為の。その様子を見ながら公爵夫人はジョイスがキャストール侯爵家の使用人達と上手くやっていることに、勿論表情に出すことはないが母親として安堵した。そしてこれくらいは協力してあげようと思い、ジョイスが話を始め易い一言を口にした。
「それで、こうまでして早く伝えたいこととは何かしら?温かいスープが冷めるのは嫌だから、その間はあなたの言葉に集中することにするわ」
スープを食べる間の会話の主導権を夫人はジョイスに与えた。それは同時に夫人がジョイスを試すことにもなる。人の動きを見て、時間の予想を立て、その尺内で明確に相手に伝えるという。話が上手く伝われば、その後の質疑応答時間は短くなる。しかし、伝わらなければ質問自体成されない。どちらも呼び鈴は早くに鳴らされるだろう。しかし、ジョイスの胸の内は正反対になる。どういう結果になるのか、楽しみと幾ばくかの心配を混ぜながら夫人はジョイスの言葉を待った。
そのジョイスはというと、当初予定していた話す内容の組み換えを短時間で行った。予定を貫くなら、全てを伝える為に早口になってしまう。それでは相手にとり、ただの雑音になりかねない。どう伝えるのが目の前の二人にとり効果的なのか。兄二人がどういう質問を両親から受けていたか見ながら育ったジョイスは、それを踏まえて話す順番を決めたのだった。
ジョイスが最初に選んだのは事実を伝えること。事実は変えようがないし、そこにジョイスの私見は入らない。だからオランデール伯爵家からデリシアという使用人が使い捨てるかのように十分な金を渡されることなく、オランデール伯爵の言葉をサブリナに伝える為にファルコールへやって来たと二人に伝えた。
しかしこれは事実であって、目の前の二人には『まだ』事実ではない。事実だと裏付けが必要だ。そこでジョイスは、
デリシアが間違いなくオランデール伯爵家の使用人であることは、サブリナにより証明されていると二人に伝えた。更に、デズモンドの従者のリアムが偶々知り合いだったことで裏が取れたとも付け加えたのだった。
「そうね、その男爵家はオランデール伯爵家なくしては成り立たない家。だから伯爵家にプラスになるよう、子供達を働き手として代々送り続けている。現男爵は二男三女に恵まれたから、その三女ということね」
「はい。ところで、スープはお口に合いませんでしたか?」
「言うわね。スープはとても優しい味で美味しいわ。ただ、あなたがその侍女が三女と知っているか確かめたくなってしまっただけよ」
「では、わたしが三女だと知っている理由を付け足しましょう。どうして次女ではなく三女が伯爵家に来たのかの理由と共に」
「ジョイス、その話の信憑性は?」
「デリシアさんに関することでしょうか、それともオランデール伯爵の伝言内容ですか?」
「ジョイス、お前の話自体のだ。息子だから全てを信じろと言うのか?」
スープを空にした父からの最初の質問はなかなか手厳しいものだった。




