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招待に応じるか否か。
スカーレット・キャストールを信用するか否か。
あれだけ慎重に考え行動してきたというのに、スカーレットの美しい瞳と声で質問されたら簡単に同意で返してしまった。そう答えろと威圧されたわけでもないのに、スカーレットにとっては都合の良い、デリシアにとっては最も避けるべき返事で。
それでもデリシアは、自らの肯定とは反対のことをお願いしなければならない、王都へ帰る為に。リアムはスカーレットとジョイスがデリシアの力になろうとしてると言ったのだ、どうしても持って帰らなければならない結果を伝えてみる価値はあるだろう。
「キャロルさん、ここは木のぬくもりが感じられる素敵なところです。でも、伯爵様がご用意される家も素敵なものだと思います」
「ねえ、デリシアさん、その家をサブリナお姉様が受け取ればあなたの仕事は終わるの?それなら、受け取りますという受領の手紙を書くことは出来ると思うけど。でも、それは受け取るだけ、住みはしないわよ」
そうではない、とデリシアは即座に思った。執事長から言い付けられたのは、サブリナに家を受け取ってもらうだけではなくそこに移り住みのんびり暮らしてもらうことだ。しかも、愛し合うのに別れるしかなかったジャスティンとの時折の逢瀬付きで。でも、スカーレットから教えられた内容からすると、それこそそうではないだ。既にサブリナには別の愛する人が出来たのに、ジャスティンとの密会場所を提供する必要などない。
この仕事はサブリナへオランデール伯爵の優しい申し出とジャスティンとの思い出の品を届ける為。でも、申し出は優しいではなくお節介になってしまっているし、今のサブリナにはジャスティンとの思い出は有難迷惑だ。
サブリナに伯爵が用意する家へ移り住んでもらうことは出来ないとデリシアは改めて理解すると、『どうしよう』と呟いたのだった。
王都へ帰れないどころではない。その内、自ら用意した資金も底をつく。それどころか、兄にはペナルティが課され、デリシアは減給。仕舞いには、実家への送金額が減ることで両親に何と思われるか。
「デリシアさん、この話には無理があったと伯爵家へ戻って、事情を話してはどうかしら。必要ならば、わたしが手紙を書くわ。それに、そもそもこの話自体無理があると思わない?あなたがいきなりやって来て、それをサブリナお姉様に伝えるのは。これは伯爵家が事前にリッジウェイ子爵家へ申し出るべき内容よ。それを見た子爵家が判断するような」
「はい、わたしも最初はそう思いました。でも、伯爵様が用意する家はサブリナ様がのんびり暮らすだけではなく、ジャスティン様と時折共に過ごす場所。なので、その…、リッジウェイ子爵家に伝えられないからと、わたしがやって来た次第です。そのことを手紙に残すのは拙いと」
薫、ジョイス、リアムは伯爵家がそういう筋書きでデリシアを言いくるめたのだと理解した。そして大した金も握らせず、たった一人で寄越したのはある意味捨て駒。ファルコールでもしもスカーレットから苦情が出たなら、サブリナを慕っていたメイドが勝手にしたことだと切り捨てていただろう。そんな程度のデリシアに十分な金を持たせるはずがない。
「そう、伯爵家ではそんな気遣いをしていたのね」
薫はデリシアにそう言葉を掛けながら、ジョイスに視線でそれでどうすると問うたのだった。




