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スカーレットとデリシアの会話を聞きながら、ジョイスとリアムは素早く視線の遣り取りをした。仲が良い訳でも、共通の特別な遣り取り方法を知っているのでもない。ただ、『大丈夫』なのかリアムは確認したかったし、ジョイスは今問われることはそれしかないと分かっていただけだ。けれどこの『大丈夫』をかみ砕いたならば、双方が思うところは違う。
リアムの大丈夫は、デリシアの今後の安全を問うもの。対してジョイスの『大丈夫』は、ファルコールの館はスカーレットが主だから、誰もデリシアを招いたことに反対する者はいないという意味だった。
そして気弱さからおどおどするデリシアを見て、ジョイスはスカーレットが付いてきて良かったと思った。リアムさえいれば、初対面のジョイスでもデリシアが会話をしてくれるだろうと簡単に考えていたが…、それは間違いだった。当たり障りのない会話はしただろうが、ジョイスが知りたいことをスラスラ話したとは到底思えない。だからと言って落ち着いた場所へ行きたくでも、ジョイスでは勝手にファルコールの館にデリシアを招くことは出来なかった。
ジョイスはふとスカーレットは先々の展開を読んで付いてくることを申し出たのではないかと思った。既に聞いたサブリナとの遣り取りの時の話し方で、デリシアの人物像を想像していたのではないかと。トビアスと始める事業に関しても、ケレット辺境伯領の事情などの細かいことにも気を使いながら、キャリントン侯爵へキャストール侯爵から声を掛けて欲しいと全体像のことも考えているスカーレットなのだから。
もしもジョイスが一人でここに来ていたら、食後直ぐにファルコールの館へデリシアを連れてくることは無理だった。
両親がやって来るまでに、道筋をつけたいと思っているジョイスをスカーレットはさりげなく助けてくれたのだ。
ジョイスはスカーレットが付いてきたのは、端からそういう意図だったのだと理解した。それはリアムも同じ。あのデズモンドを魅了するスカーレットだ、食事という短時間を利用しアイスブレイクをした後、自分のテリトリーでデリシアを攻略するに違いないと考えた。
二人はそんな風に持ち上げてくれたが、薫はただ町の食堂で昼食を取ってみたかっただけ。ジョイスが一緒なら許してもらえるはずと。それにファルコールの館にデリシアを招いたのも、フードを目深に被り続けなければいけないことに不便を感じたからだった。
その後薫はデリシアと気軽な会話を繰り返した。奇しくもリアムが予想した通りに。薫としては賑やかな食堂で大切な内容を聞き洩らすのを避ける為、出てくる料理の印象程度をデリシアに尋ねるということを繰り返していただけだったのだが。
「この料理はデリシアさんの口に合う?」
「このキノコのソテーとチーズの組み合わせ、堪らないです」
「両方ともファルコールの名物なの。ここは酪農も盛んだから、チーズは何種類もあるのよ。是非沢山食べていってね。ううん、リアムに沢山ご馳走してもらうといいわ」
話題にするのは、出て来る料理のことばかり。そのせいか、食事が終わる頃にはスカーレットとデリシアの会話は随分スムーズになっていた。そしてその会話がスカーレットの質問にデリシアが答えるというスタイルだということに、会話を繰り返す当人達以外は早々に気付いていたのだった。
「じゃあデリシアさん、わたしはジョイと先に戻ってあなたを迎える準備をしておくわ」
「ありがとうございます」
「リアム、デズモンドに一声掛けてからデリシアさんを連れてきてちょうだい」
「ああ。そのままそこにいたいけど、それはデズモンドに怒られそうだ」
「ふふ、お礼にお菓子を包んでおくわ、デズの分も」
菓子は報酬だろうかと、去っていくスカーレットの背を見ながらリアムは思った。それだったら、働かないと。
「キャロルは信用出来る人だから、おまえが困っていることを話してみるといい」
「でも、サブリナ様は既に結婚を…、だから伯爵様が用意する家は」
「相談したら、違う答えがあるかもしれないだろ。キャロルは俺達より年下だけど、俺達より様々な世界を見てきた人だ」
「リアムはキャロルさんを信用しているのね」
「あのデズモンドもだ。それにキャロルは本気でデリシアの抱えることを解決したいと思ったから、ファルコールの館に招いてくれたんだろ。まあ、行けば見えてくることがある」
「優しい方ね。一緒に行くのではなく、わたしにまだ拒否権を与えてくれるなんて」
「どうする?」
「行ってみる…」
リアムの言葉がデリシアにどんな作用を与えるのかは分からない。けれど、逃げ出さなかったデリシアは出迎えてくれたスカーレットに深々と頭を下げ、男爵令嬢なりの精一杯の態度を示したのだった。




