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リアムの質問に、デリシアは『お金を余り持ってきていなくて』と消えてしまいそうな声で答えた。恥ずかしくて小さな声ではなく、それは惨めさからきているような弱々しさ。ここでもまたリアムは、デリシアがこれ以上の質問を拒んでいるのだと理解した。
けれどその惨めさはどこから。何年も伯爵家で働いているというのに、自由に使える金がないのだろうか。それは、そもそもの給金が少ないのか、実家の男爵家に働きの多くを吸い上げられているのか…。久し振りに会ったリアムには分からないが、デリシアがサブリナに会う為に着てきたこのワンピースは理由を良く知っていそうだ。随分着古されているのだから。
けれど、デリシアがここまでやって来たのは遊びではない。伯爵の言葉をサブリナへ伝えるという仕事の為だ。それだったら、伯爵家から十分な金を渡されているはず。
まさか…。
「金を、途中で落としたとか、物取りに会ったのか?」
「ううん、ここまでは乗合馬車も宿も快適で安全だったわ」
その答えに悪いことが道中で起きてはいないとリアムは安心したものの、パンしか買わなかった理由が余計に分からなくなってしまった。途中で持たされた金を使い果たすような場所もないというのに。しかしそれは追々確認すればいい。先ずは腹ごしらえをさせようと、リアムは王都で目にすることはないようなものをいくつか注文したのだった。
「そんなに食べれるかしら」
「旨いから大丈夫。それに色々食べてもらいたいから、シチュー以外はハーフポーションで頼んだ。デリシアがどれを気に入るか分からないだろ。気に入ったっら、また注文すればいいし」
「ありがとう、リアム」
料理が並べられると、デリシアは嬉しそうに食べ始めた。その様子を見ながら、リアムはデリシアが食べたくてもパンしか買えなかったのだと理解した。けれど伯爵家の遣いで来たデリシアがパンしか買えない程度の金だけで、王都からファルコールへやって来るのは何かがおかしい。乗合馬車を利用しての長距離移動に男性使用人ではなくデリシアがやって来た理由も含め、知りたいことだらけだとリアムは思った。ただ、それらを一つ一つ質問してしまえば尋問紛いになりかねない。しかもその方法では、得られる情報は答えた内容だけに限られてしまう。意外な情報を得る為にも、食事を楽しみながら会話を広げ上手く聞き出さなければならないとリアムは料理を頬張るリスのようなデリシアを見つめたのだった。
しかしその機会は思ったよりも簡単にやって来た。デリシアが先に質問をリアムに投げ掛けてきたのだ。相手が先に質問してくれれば、リアムは答えながらも尋ねたいことを付け足し易い。
「リアムは食べないの」
「デリシアが随分旨そうに食うから、つい見入っていた。口に合ったか?」
「ええ、どれも美味しいわ。リアムは全部食べたことがあったの?」
「ああ。他の店にも旨いものがあるぞ。デリシア、後何日くらい滞在するんだ。久し振りに会ったんだから、他の店の旨いものも食わせてやるよ」
金のことを話したくないようだったデリシアから、リアムは別の質問をすることで懐事情を確かめることにした。
「本当は明後日にもファルコールを出たいんだけど…。もう少し滞在しないといけないかも」
「さっきリッジウェイ子爵令嬢に会って要件は済んだんじゃないのか?」
「それが…。伯爵のお遣いが、まともに出来なかったの。だから明後日にファルコールを出ることは叶いそうにない。その分宿泊数が増えるから、わたしが予備で持ってきたお金を使わないと。でも、それにも限度があって」
しらばっくれながらもリアムはデリシアに課されたのは伝言だけではなく、サブリナにそれを承諾させるところまでだと理解した。それならば、デリシアが王都へ帰るのは無理だ。オランデール伯爵用が用意するという家にサブリナが住むことは未来永劫あり得ない。
「なあ、余り金を持ってこなかったって言ってたけど、何日くらい滞在する予定なんだ」
「それは…まだ、よく分からなくて」
「だから食費を節約していたのか。でも、そんなに長く伯爵家を空けてもいいのか?」
「ううん。だから…」
先ずは懐事情と思い質問を始めたリアムだったが、それが意外にも様々なことに繋がりを見せたのだった。




