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オランデール伯爵がサブリナに何を言いたかったのか。薫達は何となく事前予想を立ててはいたが、デリシアの言葉に勝るものはない。そして少しでも多くを知ろうとサブリナは多くの質問をデリシアに投げ掛けた。
伯爵が用意する家はオランデール伯爵領内の外れ。言い方を変えれば、あまり目立たない場所。そこならばサブリナは誰の目を気にすることなくゆっくり過ごせし、ジャスティンがこっそり訪ねることも可能だそうだ。けれど、それをオランデール伯爵の視点から捉えるとどうなるか。薫とジョイスはリアムの走り書きに、自分の意見を書き足していく。
『ジャスティンの訪問でサビィを釣れると考えている→ジャスティンがサブリナを利用していただけとは知らない』
『サビィを飼い殺しにするつもりだろう。誰に何を言うことなく、今までのように働けということだ』
『その家にいる使用人は監視役ね』
サブリナはデリシアの返答までの間隔で、質問を深めたり、変えたりした。間が空くということはデリシアが伯爵家で言われていない内容を尋ねられ、そこに自身の考えが入っていることを意味するからだ。先程『それはいつまで』という質問の時のように。
そして大方の質問をし、デリシアが預かってきた伝言の全様を掴んだサブリナは言った。
「わたし、あなたが持ってきてくれた宝飾品はいらないわ。そして家はもっといらない」
「ですが…。あって困るものではないかと」
「困るわ。わたしにとって何の価値もない宝飾品も、下手をすれば外に出してもらえないような家も」
「外に?」
「だってそうでしょう。領の外れでは、簡単に町まで出れない。あなたが言うように、使用人が全て用意してくれるのかもしれないけれどそれでは家という籠の中で飼われるのと同じ。だからいらない。自分を飼う為の籠なんて、誰も欲しがらないとは思わない?」
「でも…。その、言い辛いのですが、お子様が出来なかったことで離縁された女性は寧ろ目立たないところでお過ごしになった方が心穏やかに」
「それも大丈夫。離縁されたことも、わたし、気にしていないから。わたしは過去より未来を見たいの。これから自分が何を出来るかを。過去を気にして人知れず暮らしていくなんて嫌だわ」
「それでも…」
サブリナの言葉に、デリシアは否定形を使い何とか宝飾品と家を受け取ってもらおうとした。その必至さは、応接室にいるサブリナとノーマンだけではなく、壁を隔てて隣にいる三人にも伝わる程。即ちそれはデリシアが伯爵の言葉を伝える為だけにここまで来たのではないということ。用意する家に住むことを了承させろと言われているのだろう。
『伯爵はサビィの口を封じたいのね』
『生活の面倒を見るから伯爵家に尽くせ、偶にジャスティンにも会わせてやるから、ということだ』
「デリシア、リアムを呼んでくるわね。あなたを町まで送っていくから、話が終わったら声を掛けて欲しいと言われていたの。ここで待っていて」
デリシアとノーマンを残し応接室を出ると、サブリナは音を殺しながら隣の部屋へ入っていったのだった。




