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「デリシア、それはいつまで、あなたは聞いている?順番通りならば、わたしはオランデール伯爵が天に召された後はどうすればいいのかしら」
「それは…、きっとジャスティン様が伯爵様の意思を引き継ぎます。あんなにご令嬢のことを愛していたのですから」
「あの馬鹿、何の疑いもなくノーマンの前でとんでもないことを」
「ノーマンはよく耐えているわね」
「全てを聞き出すことが重要だから、ノーマンは石になるほかない。そこにあるだけだ」
デリシアが通された応接室は小さめの部屋だった。騎士宿舎へ来たことがないデリシアにはそれが小さいものなのか、それに騎士ばかりがいる場所の応接室にも絵が飾られるのかも分からなかったが。だからその絵の後ろの壁はくり抜かれ、中の話声が誰かに聞き取られているとは夢にも思わなかっただろう。
そしてそれを聞き取り、走り書きとして紙に落とし込んでいるのはリアムだった。
今回デリシアに騎士宿舎の応接室へ来るよう指定したのはこの為。先ずはオランデール伯爵の意図を知る必要があったからだ。そしてジョイスは国境検問所の執務室でのことを考えデズモンドとリアムにも計画を伝えていた。あの時のデズモンドはジョイスに手腕を見せてみろと挑発していたのだ、それに応えないわけにはいかない。大切な人に良い所を見せようとする『本能』があるのだと示さなくては。ただリアムに関してはありがたい誤算を生んだ。リアムがジョイスに『助かる』と口を動かしたのは、見知った間柄の男爵令嬢を心配してのこと。だから、こちらも悪いようにはしないと伝える為に計画を話したのだが、まさか手伝ってくれるとは。
『俺は優れた聴力を持つ上にデリシアという人間を知っている。言い淀みや、声の強弱でそれがその場の出任せかも判断できるかもしれない』
どういう能力を持つかは、その人物がどう生き抜くのかに直結することがある。だから優れた能力を他人に伝えることは珍しい。まあ、デズモンドの色気のようにどうやっても溢れ出てしまうものもあるだろうが。けれど、リアムはそれを躊躇うことなくジョイスに伝え、協力すると申し出てくれたのだった。
そういう経緯があり、薫、ジョイス、リアムの三人は応接室の隣の小部屋で聞き耳を立てていた。サブリナは当然三人が隣にいることを知っているので、はきはき力強く聞き取り易いように話すが、デリシアはそうはいかない。けれど、リアムが全ての音の拾ってくれる上、事前の打ち合わせ通り出任せかどうかの判断までしてくれていたのだった。
「今回わたくしが預かってきた装飾品は、ジャスティン様が以前ご令嬢に贈ったものだと思います。どうかお納め下さい。そして他にも必要なものがありましたらお申し付け下さい。それらの品は伯爵様が用意する家へ届けます」
走り書きなので雑な字が紙の上を踊る。けれど、リアムは丁寧な字でその後に書き足した『デリシアは嘘を言っていない』と。




