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「久し振りだな、デリシア」
「リアム…。あっ、子爵様、今日は機会を作って下さってありがとうございました。感謝しております」
「なあに、わたしは伝言をしただけだよ。偶々お嬢さんが訪ねて来たタイミングが良かったんだろう、その後が上手く繋がった」
「ああ、そうだ。おっさんは伝言をしただけ。そして、それが昼にはファルコールの館の人間に伝わったから、こんなに早くおまえの頼みが実現した。もう中の応接室にリッジウェイ子爵令嬢は来ているぞ」
ファルコールに良く知る人物など一人もいないと思っていたデリシア。それが、兄の友人で子供の頃からの知り合いのリアムにより、デリシアの不安から来る緊張は幾分か和らいだ。お陰で気持ちに少しだけ余裕を持つことも出来た。しかし、その余裕が良かったのか悪かったのか。
それまでのデリシアは、伯爵家から仰せつかったことで一杯一杯だった。わざと少なめの費用と、簡単な仕事に多くの時間を掛ければペナルティを課すと言った執事長の圧によって。執事長とて、デリシアが何の根回しもなくサブリナに会うのは難しいことなど百も承知。しかし気の弱い人間こそ切羽詰まると思いがけない力を発揮する可能性があると、執事長はデリシアを選んだのだ。それに都合が良かった。デリシアの家がオランデール伯爵家と関わりが強いことも、兄が邸内で働いていることも。更には拙い失敗をした時に簡単に首を切れることもだ。そう、デリシアはいざという時は捨て駒に出来ると選ばれたのだ。その程度の使用人だからこそ、女性だというのに一人で乗合馬車に乗せ、少しの費用しか持たせなかったとも言えるが。それがリアムの顔を見て、短いながらも言葉を交わしたことでデリシアの中に『違和感』が生まれた。伯爵の伝言はどういうことだろうという疑問も。ただリアムに急かされたことで、深く考えるより先にデリシアは騎士宿舎へ入ったのだった。そして応接室までの通路を歩きながら、リアムとプレストン子爵はデリシアと挨拶をする為だけに騎士宿舎の前で待っていたのだろうかと不思議に思ったのだった。
応接室の扉が開くと、そこにはオランデール伯爵邸での姿とはまるで異なるサブリナがいた。
「お久し振りです、おく…、リッジウェイ子爵ご令嬢」
「お久し振り。ここまで長旅で疲れたでしょう。でも、そうまでしてどうしてあなたは来たの」
「あの、実は伯爵様から伝言があります。それをお伝えに参りました」
「手紙ではなく、あなたがわざわざ?」
「あっ、はい。重要なことなので、直接わたくしが伺うことになりました。それにお渡しするものもございましたので」
デリシアは伯爵から伝言とサブリナが伯爵家に残してきた装飾品を預かってきたことを伝えた。そしてサブリナの後ろに控える男性を見てから、二人で話すことは可能か尋ねたのだった。




