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「ああ、でも崇高なことは考え過ぎるなよ。本能があるから俺達人間もそして動物も絶えることはない。だってそうだろ、肝心な時には理性よりも本能が教えてくれる、子孫の残し方は。動物が良い例だ。文字も授業もないのに、間違えない」
「…」
「王子様は理性で、お姫様には本能だったんだよ、公爵家の貴公子様も」
考え込むジョイスを察したかのように、デズモンドがからかい半分で掛けてきた言葉。しかし、それもまた正しいことだとジョイスは思えた。ジョイスが思う本能は、生きる為に取る行動。そしてその生を次代に残すこと。そしてジョイスの本能が求めるのは、スカーレットの傍で生きることだ。勿論それだけではない。あわよくば、スカーレットと次代への生を…。
ジョイスの思考がデズモンドの得意とする分野に入ろうとした時だった、執務室のドアがノックされた。まるで、その思考を止めさせるように。
「どうだった、外は?」
「楽しかったわ。でも、出来ればもっと町や市場の様子を見てみたいわ」
「それはそこにいるジョイにお願いするしかないかもな。俺とキャロルが一緒に歩けば、人目を惹いてしまうだろ?」
「あら、ジョイもだと思うけど」
「ジョイは町へ行く時はフードを目深に被る、でも俺はもう面が割れているから今更何をしても無理だ。ご依頼の農業指導をしっかりしていたもんで」
「ふふ、ありがとう。ここでの仕事の合間にわたしの願いを実行してくれて。あなたは本当に有能なのね」
「褒めるのに言葉はいらない、態度で示して」
「もう、考えておくわ」
二人の遣り取りを聞きながら、デズモンドには本当に能力というか才能があるとジョイスは感じた。スカーレットの満足度を計りながら、次の希望を聞きだし、それがどうすれば可能になるのか提案してしまう。そして自分がそれを叶えられないと理解するや否や、適任者を宛がっていくとは。デズモンドの選択は正しい。ファルコールの館に今いる中で立場上最も顔を晒していないのはジョイスなのだから。そして話はそこで終わらない。最終的には自分に有利な話へ持っていってしまうとは。
しかしジョイスも見せつけられるだけに終わるつもりは毛頭ない。
「キャロル、その前に俺達はサビィのことを考えないと」
「そうね」
「ああ、それにその使用人にとってもどういう選択肢があるのか模索しないと。前回のオリアナと違って、今回は伯爵家の遣いとしてやって来ている使用人だ。立場を考える必要がある」
ジョイスがちらっとリアムを見遣ると、確かに口が『助かる』と動いたのが分かったのだった。




