339
ジョイス達がデズモンドの執務室に戻ると、スカーレットが『分かったわ。そこは任せて』と言ったところだった。しかも二人はこの話はこれでお仕舞と言わんばかりに、目で合図を交わしたのだ。その様を見てしまった以上、ジョイスはその姿すら見なかった振りをするしか選択肢がなかった。ジョイスとて空気を無視して話していたか内容を聞く程厚かましくも、自分は全てを知るべき立場だと横柄にもなれない。そんなことをすれば、寄り添いたい相手から心の距離を離されてしまうだけだ。何より二人が目で合図をしたことすら否定したいジョイスとしては、『聞かなかった』、『見なかった』、この二つを貫くならば『尋ねない』が当然の対応だろう。そして出来ることと言ったら、何食わぬ顔で二人が持つ空気感に割って入ることくらい。
「心を込めてお茶を淹れてきました」
実際に茶を注いだのはリアムで、ジョイスは時間を計っていただけだから掛ける言葉としては正しくない。けれど、ジョイスは時間を計る間、スカーレットを思いながら心を削っていた。削れた心の欠片がポットの中に紛れたかもしれないから、伝えた言葉はある意味正しいだろう。
「ありがとう。じゃあ、早速昼食を楽しみましょう」
けれどジョイスの心が削れていることなど露も知らないスカーレットは、昼食を取ろうと笑顔を見せたのだった。
こうして始まった昼食は、ジョイスにとり何とも言えない時間となった。ファルコールの館から持って来た食事はどれも美味しい。それはそうだろう、スカーレットが気遣いをしてくれたデズモンドに対して心を込めて作ったものなのだ。デズモンドとリアムが好きなものを中心に、一緒に出掛けてくれるジョイスの好みまで配慮して。だからナーサは十分過ぎる量だと言っていたが、どれも余ることはなかった。
「やっぱりお菓子も持ってきて正解ね」
「俺達が食べ過ぎたんだと思う。味もさることながらキャロルとの一時が楽し過ぎて、いつも以上に食が進んだ。それに俺の好きなものばかり本当にありがとう。愛情を感じたよ」
これで何度目だろう、ジョイスがデズモンドのスカーレットへの好意を示す会話を聞くのは。天性の才能なのか、下位貴族の次男として生まれ貴族社会で上手く生き抜く為に後天的に身に付けたものかは分からないが、ジョイスにはない能力でデズモンドは息をするようにスカーレットへの気持ちを伝えていく。それを聞いたスカーレットも、こちらも息をするように当然の如くデズモンドの言葉を受け入れている。そこに冗談は言わなくていいとか、否定の言葉を伝えることなく。
これが、今まで二人がファルコールで出会ってから形成された会話かと思うと、年月だけは何百倍、否もっとあるジョイスの今までは何だったのだろうかと思わずにはいられなかった。
「そうだ、楽しい時間の最後には花や抱擁を贈りたかったんだけど、残念な知らせを。おっさんのところに、午前中招かざる客が尋ねてきた。サビィに忘れ物を態々届けに来てくれたそうだよ、オランデール伯爵家の使用人が。なかなか上手い方法だ、伯爵家に代々仕えている男爵家の三女で、気が弱そうな女性らしい。仕事をしくじったら家にも帰れなくなるんだろうね」
「仕事?」
「ああ、直接サビィに装飾品を届けたいらしい。そして、他に持ってきてもらいたいものはないか尋ねたいそうだ。それを子爵であるおっさんに願ったのは、侯爵家に近付けるような身分ではないからサビィを代官所へ呼んでもらえないかってっさ」
「そういうことね」
「ああ。ジョイ、オランデール伯爵家だけどどうする」
「分かってる。サビィにどうしたいか、ノーマンと共に確認してから対応させてくれ。プレストン子爵には迷惑を掛けないようにする」
「おっさんは良い人だから、やって来た使用人の心配をしていたさ。どうする、どこの家で、どういう繋がりを伯爵家と持っているのか俺から聞いていくか? 」
ジョイスが頷くことなどデズモンドは百も承知だったんだろう。スカーレットに外の空気を吸わせるようリアムに伝えると、一枚の紙を手渡した。




