338
「さあ、デズ、そろそろ本題へ移りましょう」
「ああ、今日のお姫様の心遣いに感謝する時間だ。ファルコールの館程とはいかないが、俺の絶大なる信用を得ているリアムがリアムなりに最高の茶を淹れてくれるさ」
「もう、デズったら。リアム、手伝いましょうか?」
「いいよ、お姫様はここに休憩とおしゃべりをしに来たんだから。でも、ジョイには少し手伝ってもらうか」
「しかし…」
「ここはファルコールで三番目くらいに安全な場所だから大丈夫。それにいくら手際が良いデズモンドでも、短時間では色々無理だ。あいつは何より相手を尊重するタイプだから」
「…」
ジョイスはまともに茶など淹れたことがない。これでは更にファルコールの館で提供される茶よりも劣ってしまう。だからリアムが言った少しの手伝いになどなるはずがない。足を引っ張ることはあったとしても。では、本当に手伝うのは何に対してなのか。
「俺に聞かれると拙い話があったのか?」
「さあ。あいつは誰がいようといつも堂々と愛を囁く男だ」
「それはそうだろうが」
「ところで、おまえ茶を淹れたことはあるか」
「経験はある」
「…分かった、俺が湯を注いだら時間を計れ」
「ああ」
リアムの今更な質問に、やはり彼がジョイスに手伝いなど期待していなかったことが良く分かった。
そして湯を沸かし始めてから、茶の準備が出来るまではとんでもなく長い時間にジョイスは思えた。蒸らす時間を計ったのだ、実際の時間がたったそれだけしか経過していないと目で見て分かっているというのに。
「デズモンドが不思議がっていた」
「あいつにも不思議に思えることがあるのか?」
「おまえも多少は面白いことが言えるんだな。その質問は気に入った。だけどその不思議の対象はおまえだ、ジョイ。全てを捨ててお姫様のところに来たのに、どうして貴族学院で上手いことやらなかったんだろうってさ」
「…」
「だってそうだろう。表立って肩を持てなくても、裏で励ましておけば。まあ、おまえらのような高位貴族の考えることは不思議なことだらけだ。お姫様も不思議な存在だけれどな」
リアムが言ったことは正しい。ジョイスは立場上アルフレッドに味方をするにしても、その陰ではスカーレットの心を守るべきだった。しかしその前に、真実を自ら確認しアルフレッドを正すべきだったのだが。どうしてこんな簡単なことがあの頃は分からなかったのか不思議だ。否、心の深い部分では分かっていたのかもしれない。どちらも、スカーレットを手に入れることには繋がらないと。皮肉な話だが、今の方がまだ手が届く可能性があるのだから。




