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「お父様、やはり予想通りの結果になりました。申し訳ございません」
スカーレットに馴染んだ薫は邸に帰ると、父の帰宅を待ちパーティでのことを全て報告した。
勿論報告だけで終わらない。過酷な会社で馬車馬よりも酷くこき使われていたのだ、これからの対策を練った上で合わせ伝えた。ただ、久しぶりに口にする父という言葉に心が震えてしまった。薫だけの秘密だが。
「随分考えられた策だな。正直驚いたよ、スカーレットがそこまで策を巡らせたとは。勿論、おまえにも我が家にも落ち度は全くない。貴族院が決めた婚約を反故にすることがどういうことなのかボンクラ殿下にはしっかり理解していただこう。スカーレットの策にわたしなりに着色をして、明日陛下と話をするよ」
「明日、ですか」
「ああ、スカーレットからの事前報告で殿下がしようとすることなど察しがついていたからね。殿下がおまえをどん底へ沈める為に考えられる方法など限られている」
流石侯爵、こういうことは早々に事を運ぶのが望ましい。例え王族でも相手に時間を与えず畳み込む、鉄則だろう。
スカーレットの学院生活は、護衛騎士達の活動日報という記録で証明される。騎士団を管轄するのがキャストール侯爵家なのだから、当然殿下の分も入手済。
流石に教室内までは記録されなくても、授業中以外は時間と行動が記録されている。
スカーレットと殿下はカフェテリアでも概ねすれ違ってもいない。だから常にシシリアを殿下が連れ歩いている以上、スカーレットとシシリアが口論やら何やらをするなんて不可能ということだ。
断罪劇、いや、茶番劇でつらつら発せられた言葉がどれだけ馬鹿げたものか。
(馬鹿なのかしら。いくらまだ学生と言う名の子供であれ、考えれば分かることでしょう)
しかし、とも薫は思う。あの日のあの時までが創造主が作った物語。何かがおかしくても、終わりへ向かうしかなかったのだろう。
だからこそ、ここから変えなければならない。辛い王妃教育を長年に渡って受け続けたスカーレットが願った王国の未来にする為に。
薫の立てた策は、この婚約解消が国にどれだけの害を為すかを知らしめるものだ。と同時にシシリアを王妃として教育し、後ろ盾を得るようにもしてある。
「これだけは確認させて欲しい。スカーレットは、本当はアルフレッド殿下が好きだったのか?」
「好きかと聞かれれば、好きでした。ただ、それは国を発展させる為のパートナーとして。恋情とは違います」
「そうか。で、これからどうしたい」
「お父様が話を付ける為にも、病気療養として領地のどこかへ下がらせていただけないでしょうか」
「そこまでを含めて考えていたのだな」
薫がにこやかに微笑むと、父は全てを話すように促した。
父と国王の話し合いは、薫の書いたシナリオに概ねそうこととなった。それを聞いて、薫はちょっと拍子抜けしてしまう。仮にも一国の王だ、何かしら難癖をつけて然りだろう。
が、貴族院の決定を何の決定権も持たない王子が一方的に破棄し、国の防衛の要であるキャストール侯爵家を怒らせては拙いというのも事実。
話し合いを拗らせて、王にとって可愛くて大切で仕方ない王子に、その王子が作る後の世に遺恨を招きたくは無かったのだろう。事実薫の案には私情は大して含まれていない。
「本当にこれで良かったか。と今更聞いても既に全て貴族院でも受け入れられたが」
「十分過ぎるくらいです。これで心置きなくわたくしが希望したキャストール侯爵領内のファルコールへ向かえます」
「その事だが」
「お父様、わたくしは当面中央にはいない方がいいはずです。婚約破棄され心の病に罹りましたし」
話し合いで解決した婚約解消ではなく、公衆の面前での婚約破棄の宣告。普通の貴族令嬢なら、心の病になるのも当然。スカーレットに関してはこの国の王子から栄えある貴族学院の修了パーティでの宣告だ。
心の病気で王都を離れることに何ら不思議はない。
これも王子を倣って今後似たような事が起きないようにする布石になる。誰も彼も、自分が原因で誰かを心の病に貶めたくはない。一度行ってしまえば貴族社会では影のようにその事実は付いてまわる。
勿論意図的にそうしたい者もいる。力のある者はそうやって他者を排除していくのだから。引きこもったが最後、有る事無い事が作為的に付け足され事実を偽装し貴族社会から抹消する。
だから薫は手を打った。
スカーレットは十八才。八才からの十年間を王子と国に捧げてきた。婚約破棄に対する違約金の一年当たりの金額を明確にして十年分を請求したのだ。
支払いは国庫からではなく国王もしくは王子の私財からの出費。婚約破棄理由にはシシリアという相手もあったことなので、八割を王家、残りの二割をシシリアの子爵家へ請求した。
今後、馬鹿げた理由の婚約破棄があれば違約金の請求もその算定根拠も用いられることだろう。勿論、今回の違約金は王族ということで最高額。これだって、上手くそれ以外の階級に当て嵌め用いられるようしたものだ。
シシリアの実家である子爵家にとっては二割とは言え、大変な負担だろう。けれども婚約者のいる、しかも王族に擦り寄ったのだ、当然の事と貴族院もこの事は真っ先に了承したと聞く。
貴族院に籍を置く貴族は高位貴族が多い。自分の子供達にも同じような被害が齎されないよう予防線を張ったと言う事だ。加えて、力あるキャストール侯爵家へ阿る狙いもあったのだろう。
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