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不思議なことに、この国境の町には王都の社交界を賑わすべき男性陣が揃っている。日々様々な花達と戯れ、噂話を提供すれば良さそうな全く個性が異なる人物達が。その代表格が、妙に色気があるデズモンド、冷ややかな印象を与えるスカーレットの幼馴染ジョイス、トビアス同様外国人ではあるが医師で人当たりが良いスコットだ。それに加え、隣の騎士宿舎とここにも居てしまう雄々しい騎士達。あまり目にすることはないが、知的な雰囲気を纏う畜産研究所の独身職員と。もしもスカーレットが恋愛に振り切っている女性だったら、今頃誰かと一度や二度は恋に落ちていたかもしれない。
けれどそこは、一人の男性、それも未来の最高権力者の隣にいるべき女性になるよう幼い頃から育てられ、あと少しで結婚というところで婚約破棄されたスカーレット。男女間のことに対しとても臆病になり、それが無意識の内に警戒に繋がっているのだろう、トビアスにはスカーレットがどうしても恋愛に一歩どころではなく、半歩も踏み切れないでいるように見える。
トビアスと全く同じとはいかないまでも、似たような理解をスカーレットに好意を持つ男性陣は皆しているだろう。だからそれぞれに違うソフトなアプローチをしている。これ以上傷付けることがないよう、それでいて安心して飛び立てるように。
ここが演劇の舞台ならば、トビアスは他の登場人物よりも後に出てきた端役だ。既に他の登場人物達がお姫様に散々アピールを始めた後の。出遅れているトビアスが舞台の中央、それもお姫様の傍にいられる役に食い込むには彼らのようなアピールだけでは足りない。ツイていたのは、お姫様が臆病過ぎてそのアピールに簡単に心を動かさなかったことくらい。だから遅ればせながらトビアスも自身の外国人という身分を利用して、お姫様が喜びそうな珍しいものを贈り、時には事情を何も知らない振りで過去にあった出来事を心が軽くなるよう吐き出させた。しかしそれでは筋書きにちょっとしたエッセンスを振り撒くだけ。精々お姫様の他国から来た新しい友人という役止まりだ。
キャストール侯爵が付けてくれた従者、そしてスカーレットの従者であるノーマン。遅れて登場したトビアスなのだから、キャストール侯爵家内に味方は多い方がいい。
ノーマンへの親切はいつかトビアスの利に繋がる。謂わば先行投資。ただ、どういう利になるかは未知数、トビアスが望むことを返してくれない可能性も高い。
それでも…、態々礼を言ってくれたノーマンの為に働こうとトビアスは思った。案外自分はいいヤツだと心の中で呟きながら。
「ノーマン、あの実をもっと取り寄せようか?」
「ありがとう」
「トビアス、ノーマンは元々口数が少ないヤツなんだ。で、今、凄く喜んでいる」
「そうか、それは良かった。しかし前リッジウェイ子爵があの茶を知っていたとは。これは前子爵に他国からどういうものを仕入れたらいいか話を聞いた方がいいな。ノーマン、君も同席する?」
「是非」
「君もね」
未だにAが自分に付けられたキャストール侯爵からの監視役だと思い込んでいるトビアス。当然Aにも同席を伝えたのだった。Aはトビアスとスカーレットの様子を監視しているので、そこへの参加は不要だというのに。
「ところで礼を言った理由は分かったけど、何故それを今?」
「キャロルがさっき、『トビーはあなたに幸運をもたらす人ね』と言ったんです。トビアスの存在が俺に焦りを与えてくれたことが切っ掛けになったから」
ノーマンはスカーレットの言葉を聞き、直ぐに行動に移したようだ。そして、自分という存在がそれまで進んでいた舞台に何等かの変化を加える役になったのだとトビアスは理解した。しかしそれはノーマンに限ったことだろうか。お姫様を狙う他の登場人物達へは既にどのような作用を与えてしまっているのか良く観察しなければいけないとトビアスは思ったのだった。




