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スコットは怪我人が多く出る辺境の地で、下働き、見習いを経て医師となった。荒っぽい怪我人を押さえつけてアルコール消毒、骨折時の添え木固定、そして筋肉隆々の手足に包帯を巻くことはお手の物だが、目の前の分野は正直に言うと不得手だった。但し、対象が人間から馬となり最終段階となれば、こちらも力仕事としてこなせるのだったが。
「残念ながら僕は妊娠とは今まで無縁で。確定診断をするならば、町にいる老医師を呼んできた方がいいと思うけど、たぶんそうなんじゃないかな」
「スコット、君を疑うわけではないのだが、そうだと思う根拠を教えてくれないか」
ノーマンはサブリナを見るときはとても心配そうな、それがスコットを向くや否や殺気立った表情に変わる。スコットはそれを見て大した愛情表現だと思いながら、妊娠判定を請け負わなくて正解だったと判断した。とても、こんな形相を自分に向けるノーマンを横に、サブリナに寝台で仰向けになり足を開けと言うことなど出来ようがない。特定の部位の色素を見るだけのことで、命の危機は感じたくない。
「僕が習った妊娠の初期に現れる症状がサビィに診られるからかな。眠気、腹部の違和感、感情の起伏という、それに月のものが遅れているなら可能性は高い。でも一番は、君達に思い当たる節があることだけどね。どうする、老医師を呼ぶ?あの方なら多くの症例を診ているだろうから」
「今日、お父様とお母様が丁度ここにやって来る予定なんです。二人に相談してから決めます」
「ここからは僕の個人的な意見だから、聞き流して」
そう言うとスコットは、サブリナの妊娠の可能性は高いのではないかと話した。サブリナの王都でのことを聞く限り、ファルコールでの生活は食事も睡眠も良質。何より、様々な圧がない生活の上、心が愛で満たされている。
「僕が母親の胎を探す赤ん坊の魂ならば、そんな健全な場所を選び、この世に出てくるまでゆっくり眠っていたいからな。まあ、時には足を伸ばして動くだろうけど」
スコットの言葉にサブリナがボロボロと涙をこぼし始めた。隣にいるノーマンはそれを見てオロオロし出す。
「ほら、感情がいつもに増して表に出やすい」
「…ほんと、そうね。嬉しさでこんなに涙が出てくるなんて。スコット、ありがとう。ねぇ、教えて、これからわたしはどう過ごせばいいのか」
「そうだねぇ…、もう少しすると違う症状が出てくると思うけど…。うん、自分を良く観察して欲しい。尿意が増えるとか、様々な変化を。それをノーマンに日々伝えて。妊娠は君一人のことじゃない、ノーマンと二人で作った新しい命なんだから、二人で様子を共有するんだ。それと、ノーマン、ほぼ確定になったら町の産婆さんに連絡を忘れないように」
「ありがとう、スコット。他に俺がすべきことがあったら教えてくれ」
ノーマンの言葉にスコットは妊婦の足が浮腫むことがあると話した。そんな時は、盥に温泉を入れて足をマッサージしてあげると良いとアドバイスしたのだった。勿論医師として、サブリナの観察結果のフィードバックを受ける約束も忘れずに。




