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ツェルカは然程時間を掛けずに戻ってきた。薫が意図した人物ではないジョイスを連れて。
薫の合図にコクリと良い頷きをツェルカは返してくれたというのに、どうしてジョイスなのか。そして連れて来られてしまったジョイスにあなたは間違いなのでお引き取り下さいともこの状況では言い辛い。
困った…。でも、ここはツェルカの行動の真意を考えなければいけない。薫は取り敢えず、こんな夜に女性の部屋に入るわけにはいかないと扉の傍に立ち続けようとするジョイスを中に入れたのだった。
その短い時間を利用し、薫はツェルカの真意を推し量った。
最初に思い付いたのは、貴族間の力関係。ジャスティンはオランデール伯爵家の人間。そのオランデール伯爵家はリプセット公爵家の派閥。だからジョイスに話を通しておくことが重要だとツェルカは考えたのではないかと。また別の見方も出来る。薫にはノーマンがこの問題を最も早く解決出来る人物に見えていたが、ツェルカには違っていたのだ。サブリナはノーマンと別れるべきではないかと考えている。それも、ノーマンやサブリナに他に好きな人が出来たなどの理由ではなく、長い時間を掛けてジャスティンに植え付けられた恐怖によって。だから本当は失いたくないであろうノーマンを今サブリナの前に連れてくることは危険だと感じたのかもしれない。場合によっては恐怖からサブリナがノーマンに別れを切り出すのではないかと。
どうすべきか。ここは目で合図ではなく、ツェルカに言葉でお願いするしかないと薫は思った。否、最初からそうしていれば良かったと。
因みにツェルカがジョイスを連れて来た理由は、薫が考えたような深いものではない。ツェルカも最初はノーマンを連れて来ようとしたのだが、その前にジョイスを見掛けた。そして閃いた、最近のスカーレットの傍にはいつもジョイスがいるのだから、あれはジョイスを呼んできて欲しいということだろうと。そして連れて来られたジョイスはというと、かなり心拍数が上がっていた。何故ならジョイスの目に映るスカーレットは薄いガウンを脱げば後は寝るだけという姿なのだ。顔に感情が表れないことが、今日ほど役に立つことはないとジョイス思わずにはいられなかった。それに、何かあった時に最初に頼ってもらえることが嬉しくもあり誇らしかった。
今度は言葉でツェルカへの指示をやり直すことにした薫は、先ずは簡単に今の状況をジョイスに伝えることに。けれどお互いに年齢が近すぎて女性の体の機能を話すには照れくさく、薫はその部分は極々簡単にさらっと伝えるに留まったのだった。
「サビィ、ツェルカにあなたの大切なノーマンを連れてきてもらいましょう。そして、わたしが先にあなたの状況を伝えるから、あなたは何も言わず待ってて欲しいの。ノーマンが何を言うか、しっかり聞きましょう」
これで今度はノーマンが間違いなくやって来る。そして薫はジョイスを見てどうしようと思った。その様子がジョイスには『頼りにしているわ』と映っていることなど知らずに。




