315
冷めても美味しい川エビのから揚げ、それに川エビと青菜入りペペロンチーノ風パスタは夕食の際に『また食べたい』という高評価を得た。これで、トビアスには寒さで川に入れなくなる前までの仕事が確実に一つ出来たよう。問題は一晩漬けておくことにした松前漬け風マリネ。
トビアスが形と色に難色を示した二つの食材は、右手の訓練と称してハーヴァンにハサミで細く切ってもらった。そして、料理の腕前が上がっているノーマンによりニンジンは美しい千切りに。肝心なマリネ液は、唯一松前漬けの存在を知る薫が担当したのだが…。後はスルメと昆布から出る旨味の活躍を祈るばかりと、薫はキッチンを後にした。
「キャロル、ちょっといい?提案があるんだ」
「提案?」
「ああ、サビィのご両親の前リッジウェイ子爵夫妻を迎えるにあたっての提案」
ゲストを迎える際にどういうもてなしをするかの話し合いは、ホテル運営に携わる全員で行うというのに何故かジョイスが薫に提案があると言ってきた。
「それは明日にでも」
「今日の内にキャロルに判断してもらいたい」
「分かった。それで?」
「前リッジウェイ子爵夫妻には俺達と同じ場所で夕食を取ってもらうのはどうかな。朝は慌ただしいから、ホテルの食堂がいいと思うけど、夕食なら大丈夫だと思うんだ。お二人にサビィとノーマン、それにツェルカとも一緒に食事を取り、楽しんでもらいたい。俺達の大家族のような食事に、ノーマンにとっては本当の家族になるお二人にも参加してもらうんだ。但し、サビィとノーマンにはこのことは当日まで知らせることなく」
「ジョイ、それは良いアイデアだわ。そうしましょう!」
「夜の話し合いまでに、これは決定事項だとケビン達には俺から伝えておく。ケビン達にも加わってもらわないと成功しないからね」
ジョイスが日中目にしたスカーレットの笑み。悔しいことだがそれはトビアスの『大きな家族』発言がもたらした。本人に知られると気味悪がられそうだが、ジョイスはスカーレットの気持ちを誰よりも汲み取れるよう良く観察するようにしている。だから、この読みに間違いはないだろう。気付いた瞬間にケビンも小さく頷いたので、それはもう確定ということだ。まあ、ケビンもそれに気付いたということだが。そして、ケビンはそれを静かに見守るタイプ。スカーレットが望む状況から外れないようにと。しかしジョイスは違う。同じキャストール侯爵家に仕える者ではあるが、スカーレットに対し新たに望む状況を提案し、作り出せるのだ。
「楽しくなりそう。お越しいただくゲストに楽しんでもらうことは当然だけれど、こうして迎えるわたし達に遊び心があるのは仕事を単調にしない為にもいいわね。ノーマンとサビィは二人でお遣いに喜んで行ってくれるはずだから、その時に秘密会議をしましょう」
茶目っ気たっぷりに微笑むスカーレットを見て、ジョイスはこの笑顔を引き出したのは他の誰でもない自分であることに喜びを噛みしめたのだった。




