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話題が食材から他のことへ移ろうとした時、トビアスが『そう言えば、気になったことが』と薫に切り出した。薫には途切れることなく続いているファルコールでの毎日。しかし、久し振りにやって来たトビアスには何かが違って見えたのだろう。
「良いこと、それとも悪いこと?教えて、トビー」
「どちらかは分からないけれど、さっき見たサビィが何だかソワソワしているみたいで」
「ふふ、鋭いわね、トビー。実は次にやって来るゲストはサビィのご両親なの」
「そうか、それで…。良かった、サビィには少し前までの結婚生活でいろいろあったと聞いたから、新たな問題が発生したのかと心配になったんだ」
誰かの辛い状況を慮り、心配できるトビアスに薫の好感度は上ったと言うより、同じお節介体質に共鳴したかのように親近感を覚えた。
「ありがとう、トビー。気にしてくれて。でも、サビィは別の問題を抱えているのよ」
「別の問題?」
偶々とはいえ、愛を交わし合ったノーマンとサブリナのことをトビアスは詳しく知らない。実はトビアスの存在がノーマンの焦りを生んだ要因の一つであったにもかかわらず。そこで、二人を見ていれば自ずと気付くことなのだからと、薫は二人が結ばれたことをトビアスに伝えたのだった。
「それはおめでたいことだ。けれど、サビィのご両親はノーマンが娘に愛される喜びを与え、幸せに過ごせているか様子を見にくると。確かにノーマンにとっては重要な局面だから、サビィはソワソワするだろうね」
「わたし達は二人を毎日見ているから気付かなかったけれど、久し振りに来たあなたが言うならそうなのね」
「そうだ、キャロル。自分もここで働くよ」
「駄目よ、あなたはキャストール侯爵家と共に事業を展開する為に来たお客様なのだから」
「でも、ホテルに泊まってはいない。君達が暮らす棟に部屋を与えられているんだ、どちらかというと働く立場だろ。それに今回は前回よりも長く滞在するから、寧ろ働かせてもらえる方がいいな」
トビアスの言うことを理解出来ないわけではない。それでも隣国からやって来たキャストール侯爵家の客、しかもトビアス自身も侯爵家出身なのだ、働かせるというのはどうなんだろうと薫は考えてしまった。
「君が考えていることは分かるよ。でも、ジョイもスコットも、そしてキャロル、君自身もそんなこと何とも思っていないから、ここが存在している。そこに自分も混ぜて欲しい」
「…分かった。けれど、あなた、何か得意なことはある?」
「ごめん、そう聞かれると何と答えていいのか。狩りくらいだろうか…」
夏は野生動物の繁殖期。ファルコールでの野生動物のコントロールはどうなっているのか、ケビンを通じてプレストン子爵に確認してもらおうと薫は考えた。そして必要ならば、トビアスに活躍してもらえればいいだろう。でも、その機会がなかったとしても、大丈夫だと薫はトビアスに伝えようと思った。
「ふふ、そうね。川エビは取れる、ううん、川エビ狩りは出来るものね。あなたの仕事はケビンと相談してから考えるわ。でも、食事の時のお皿並べは今日から頼めると嬉しい」
「勿論。進んでやらせて欲しい。ここの大きな家族の一員になれるみたいで嬉しいよ」
トビアスが言った『大きな家族』という言葉に、薫はつい嬉しくなって笑みを見せたのだった。




