王都リプセット公爵家別邸5
夏と秋の境目が曖昧になりだしたこの日、いつもはエラルリーナとイシュタルが二人でお茶の時間を持つ場所に、ファルコールから戻って数日経ったハーヴァンの母、クロンデール子爵夫人が招かれた。
「申し訳ございません、夫人。本邸でのおもてなしが出来ないどころか、こちらにまでお越しいただいて」
「イシュタル様、そのようなことはおっしゃらないで下さいな。そのお腹ですもの、無理をさせたとなればわたくしが主人に叱られます」
「そうよ、イシュタル。それに、夫人だからこそ別邸に招待出来るのだし、今日はそれも目的の一つだから、安心なさい」
リプセット公爵夫人、エラルリーナはオランデール伯爵が考えそうなことの先手を打ったのだった。自らがファルコールへ向かおうとしていた伯爵が、それが難しいと分かった時に何をしようとするか。一番簡単なことは、ファルコールに滞在し、戻ってきたばかりのクロンデール子爵家から現地の話を聞くこと。その際、どうにかしてサブリナの情報を得ようとすることだろう。どこに滞在しているのか、町で見掛けたかなどを。伯爵のことだ、子爵家であるクロンデール子爵や夫人に圧を掛けることなど厭わない。だからこそ、こうして次代を担う子を胎に宿した嫁がいる別邸に子爵夫人を招いたという事実を作ったのだ。
「夫人、わたくしが近くファルコールへ向かう為、楽しみが減らないよう現地の食事や出来事をあまり話さないようにと願ったということにしてちょうだい。リプセット公爵夫人がファルコールに纏わる話を耳に入れたくないようだと。勿論、表向きでいいわ。ご友人には、でも楽しかったからとこっそり話をする分には構わない」
「畏まりました。ですが、既に、商談の時に夫がファルコールは良いところだった程度の話はしてしまいましたが、大丈夫でしょうか。それに…」
「そのくらいは挨拶の序でだわ。それより、何か気になることがありそうね」
「実は…」
クロンデール子爵夫人は夫の商談の時に出したというお茶菓子を公爵夫人とイシュタルに差し出した。
「構わないわよ。表向きだもの。これはクロンデール子爵家にオランデール伯爵が圧を掛けない為にそうして欲しいだけだから」
公爵夫人はその後、子爵夫人に貴族学院でのスカーレットとクリスタルのこと、オランデール伯爵家内のこと、更にはサブリナの本当の離縁の理由を話した。
「リッジウェイ子爵令嬢はとても離縁をしたばかりとは思えない程、楽しそうに暮らしていましたわ。しかも、王都で見掛けた時よりも、不思議なことに若々しく可愛らしさに磨きがかかって。それに、斬新な髪型で…」
「んうんん、それ以上はいいわ。楽しみにするから」
「まあ、わたくしとしたことが」
「でも、このお菓子はクロンデール子爵家のお客様にお出しして大丈夫よ。誰もハーヴァンが作っているとは思わないでしょうね」
「本当に美味しいわ、夫人。ハーヴァンも楽しく作っているのではないかしら?」
「はい、わたくしも主人も驚いたんですよ、ファルコールで暮らすあの子に。これ以上は公爵夫人の楽しみを奪ってはいけないのでお話ししませんが」
「まあ、ありがとう。でも、どうしましょう。あなたとお茶を頂くことを旦那様は知っているから、少しだけ教えてもらおうかしら、我が家の三男のことを」
結局三人はファルコールでのスカーレット、ジョイス、そしてデズモンドの話に花を咲かせたのだった。




