王都リプセット公爵家22
「ただ、不確かというのは危険なことだと思わないか、伯爵。我々貴族は国から与えられた領や領民などを守る義務がある。その為に危機管理を常にしなくては。問題が起きてからでは、それは危機管理ではなく、事後処理になってしまうのだから。わたしも息子だからとジョイスの伝えてきた内容を鵜呑みにしてはいない。出来得る限り事実を調べた」
オランデール伯爵は今、正にリプセット公爵が言った事後処理に明け暮れている。ジャスティンや夫人からの報告を鵜呑みにしてきたばかりに。しかし、今はそんな過去を振り返っている場合ではない。リプセット公爵がその力を用いて調べた内容がどこまでなのかを確認しなくては。
「娘と元使用人の接触はあったのでしょうか」
「間違いなくあった。状況も確認済みだ。オランデール伯爵令嬢が先に商家の娘に手紙を送り、それに応えるようその者が修道院を訪ねている。先に動いたのはオランデール伯爵令嬢ということだ。実はもう少し確認が進んだらオランデール伯爵を呼び立てるつもりだった」
タイミングが良かったのか悪かったのか。オランデール伯爵はリプセット公爵の言葉から、全ての事実がまだ確認はされていないのだと理解した。
「実はジョイスが、派閥に属するオランデール伯爵家が同じ間違いを犯すことがないよう伝えて欲しいと求めてきたのだ。ジョイスの一方的な報告で伯爵を呼び立てる訳にはいかず、調べている途中だったのだが丁度良い。伯爵一つ頼まれてくれないか。令嬢に何故リッジウェイ子爵令嬢を連れて来るよう商家の娘に依頼したのか理由を確認してもらえないか」
確認するまでもない。理由は極めて私的で身勝手なものだ。それをこの場で言えたらどんなに楽なことかと伯爵は思った。しかし今となっては様々な要因が絡みついて、伯爵の首回りを締めて声を出せないようにしているようだ。
「令嬢も修道院滞在中に兄と兄嫁の離縁を知ったようだ。何年も共に過ごした兄嫁を慕って会いたいと思ったのかもしれないな。まだ二人の離縁が成立する前には手紙と贈り物を手配しているところをみると、随分仲が良かったのだろうが。しかし、方法は考えないと。国境の町、しかもキャストール侯爵家の客人がキャストール侯爵領で人攫いに会ったなどとなれば大事になる。ジョイスはそれもあって伝えてきたのだろう。公爵家としての危機管理をしろと」
リプセット公爵にとっての危機管理が正に今のこの状況だと知らない伯爵は、クリスタルから理由を確認し次第報告にやって来ることを伝えた。
「ところで、伯爵。離縁後のジャスティン殿の調子は?」
「はい、まだあまり良くないようです」
「リプセット公爵家としてもオランデール伯爵家の未来を考えなければならない。だから子宝に恵まれている家の令嬢や、夫に先立たれた出産経験のある夫人にジャスティン殿を勧めておいたのだが」
「ありがとうございます」
「実は、どこからも色よい返事がもらえなかった。理由を聞くと、病気になる程前妻を想っているうちは、結婚しても色々難しいのではないかとのこと。伯爵、社交シーズンも残り僅か、そろそろどうにかすべき時だ」
オランデール伯爵は重い足取りで公爵邸を後にしたのだった。




