王都オランデール伯爵家39
「貴族学院での成績が示すよう、あの子はとても賢いのだもの。子爵家出身のサブリナが出来ることなど、容易くこなすはずだわ」
夫人の比較は間違っている。貴族学院の成績は学習能力、刺繍は技術力だ。賢くても不器用、またその逆もある。それ以前にクリスタルの成績は作られたもの。本当に賢いかは分からない。否、夫人を見ている限り期待は出来ないとオランデール伯爵は理解した。しかも『容易くこなすはずだわ』ということは都合良く解釈しているだけ。いつかのクリスタルの都合の良い解釈と同じだ。
ジャスティン、クリスタル、教育方針を夫人の主張『侯爵家出身のわたくしにお任せ下さい』に何も言えず全て委ねてしまったのがいけなかったのだろう。
しかし今はそのことを後悔している場合ではない。気にしなければならないのは、アルフレッドの言葉だ。クリスタルが修道院に滞在するのは年内だけ。そもそも今社交シーズンに顔を出すことはない。そしてアルフレッドが考慮してくれてしまったこれからの王宮での催し。空いた時間で集中して作成する作品とはどういうことだろうかと伯爵は考えた。大作を期待しての言葉、若しくはアルフレッドは端からクリスタルが作れないと分かっている…。
もし後者なら、伯爵が見落としている何かをアルフレッドが知っていることになる。そしてクリスタルが作品を仕上げることはなく、王宮に招かれる日は来ないということだ。それに王宮での催しに潔癖が理由で招かれないということは、他家も同様に気遣いを見せそれに倣うだろう。どこからも催しに招かれない令嬢では、クリスタルの伯爵家の娘としての価値はなくなる。否、それだけでは済まされない。潔癖ということが貴族社会へ伝われば、男性と触れ合えないと見做されてしまう。即ちそれは子が生せないと言っているようなものだ。嫁ぐ前から嫁としての責任を果たせないと。
目の前のこの女は何故綺麗好きが過ぎるなどと適当なことをアルフレッドの前で言ったのか。母親として本来はクリスタルを叱るべきだったというのに。アルフレッドにとっては孤児院の子供も国民の一人、だからこそ依頼された手洗いをクリスタルに手伝わすべきだった。
役に立たない嫁だったサブリナ。しかしこれでは嫁に行く前から役に立たないクリスタルになってしまう。
そして今伯爵が一番話をしたいと思うのはその役に立たなかったはずのサブリナ。
「大切なことだ、言っておこう。クリスタルが新作を作れなかった場合のことを」
伯爵は夫人に新作が出来ない限り、クリスタルに未来がないことを分かり易い言葉を用いて伝えたのだった。




