表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではありますが~  作者: 五十嵐 あお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/673

41

私兵二人は詰め所にいる他の私兵と連携して馬の回収とハーヴァンの入浴にあたってくれた。普段より詰め所の私兵が減る分、ケビンが念の為に館の入口を守り、ノーマンが薫の傍に付くことになった。


「必要な食材、持ってきますよ」

「ありがとう。持ってきてもらうお礼に、ノーマンが夜食に食べたいものを作るわ」

「俺は…、キャロルさんが作るものなら何でも」

「その答えは駄目。わたしの質問はね、ノーマンが何を好きなのか探る為でもあるのだから。だから何を食べたいか教えて」

「…、俺、何が作りやすいとか分かんないんで、面倒だったら言って下さい。卵が入ったサンドイッチが食べたいです」

「分かった。サンドイッチなら詰め所にも届けやすいから沢山作る。貯蔵庫からサラミとチーズも持ってきて。あと、赤ワインも」

「分かりました」


ケビンに比べノーマンは口数が少ない。最初は間諜という仕事柄無駄口を叩かないのかと薫は思っていたが、共に暮らして数か月経った今では分かる、ノーマンは無口な質なのだ。本人も気にしているようで、無口が影響して面白いことの一つも言えないと話してくれたことがあった。


だから、食材を取りに行くと申し出たのはノーマンなりの気遣いの現れ。過去と接触せざるを得なかった薫に少しだけ一人になる時間を与えてくれたのだろう。言葉で気遣いが出来ないノーマンなりの優しさを薫は感じた。


一人になった薫は、不意に元の世界で今夜のジョイスのようにホテルの部屋を必死に押さえようとしたことを思い出した。といっても、それは自分の為ではなかったのだが。

では誰の為か。それは、あの口先男の為だった。


沖縄を台風が直撃し、予定通り東京へ戻れなくなったヤツから出社前の薫に空港から電話があったのだ。直ぐにホテルを予約して欲しいと。台風で搭乗予定便が欠航になったので、急いで押さえてくれとの泣きつきに近いお願いだった。

当の本人は何をするのかと尋ねれば、明日の午後以降に飛ぶであろう振替便の手続きを航空会社のカウンターでするという。そして極め付けの一言、『こんなお願いをこんな時間に俺がお願い出来るのは薫しかいない』である。


台風で身動きが取れなくなった人達が一斉にホテルのサイトにアクセスすれば、当然のこととして繋がりにくい。そんな中、薫は必至に部屋探しをしたのだった。

『部屋、取れたよ。情報はメールで送るから』

喜ぶ声が聞きたいと部屋が取れたことを電話したのが悪かった。それも含めて全てメールにすれば良かったものの。薫はヤツの声の他に『空港での朝食もいいわねぇ』と話す聞き慣れた、しかし聞きたくはなかった声を拾ってしまったのだった。


『なっちゃん、この電話、会社の大神さん。なっちゃんも二日くらい出社出来ないって伝えておくよ。勿論、勤怠は出社扱いにしてあげるから』

薫に聞こえるように、話すヤツは確信犯だった。聞こえた内容をその通りに取り計らってくれと言うことだ。

『大神さん、埋め合わせは必ずするから』

直後に送られてきたメールには『ありがとう、薫、愛している』と書いてあった。


あの時の薫は、関係を持っている女性に別の女性と泊まるホテルの予約を頼むヤツの無神経さなど考えもしなかった。大変な時に、状況がバレたとしても自分を頼ってくれたと、そのことに頓珍漢にも酔ってしまっていたのだ。お馬鹿さんとしか言い様がない。


その後、薫は熊本空港で知る。搭乗予定便が欠航したら、航空会社のカウンターで振替便の手続きは淡々と行われると。大変なのは、急遽押さえなくてはいけないホテルの予約だったのだ。しかも沖縄のような島では、本当に大変だった。

口先男は『なっちゃん』と仲良く振替便の手続きをした後、空港内で朝食を楽しんでいたということだ。面倒なホテル予約を薫に丸投げして。悔しいのは、予約が取れたら薫が電話をしてくると想定して次の適当な言葉を用意していたことだ。


それに引き換え、ネットや電話でホテル予約が出来ないこの世界。本来、主に代わり様々なことを行う従者のハーヴァンは病人であり怪我人。そのハーヴァンを見捨てることなく、ジョイスは抱えながら私兵の詰め所までやって来た。身分が証明されるまでは縛られてもいいからハーヴァンを助けて欲しいと。その身分だって、スカーレットに会えるかどうかも分からなかったというのに。


世界が違うから単純に比較は出来ない。それに年齢も違えば育った環境も違う。けれど、口先男よりジョイスの方が人間として出来ていると薫は思った。それに、『信じて欲しい』と言えなくなったのはジョイスが自分にその資格がないと理解したから。

代わりに放った言葉は、『許さなくていい』、『憎んでくれていい』というネガティブなもの。

人は負の感情こそ原動力にすると薫は聞いたことがある。それを当てはめるなら、ジョイスはスカーレットに自分に対し負の感情を抱かせハーヴァンを助ける原動力にしてもらおうとしたのだろう。


対照的な『愛している』という過去に何度もあの男から聞いた言葉。それは薫を都合よく使う為の便利な道具か何かだった、あの男には。本当は素敵で重みのある言葉なのに、何て軽かったのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ