王都とある修道院14
見覚えのある顔を見たとアルフレッドは思った。否、良く知っていた顔だ。彼女はクリスタル・オランデール伯爵令嬢。貴族学院での記憶をアルフレッドに思い起こさせる存在の一人。ここに居ることは聞いていたが、修道院に到着後直ぐに目にするとは。
思い出したくない過去を呼び起こす存在なだけに、あまり見たくない、それがアルフレッドの率直な気持ちだった。
そして羨ましくもある。こんな風に分かり易い反省を示せるとは。アルフレッドがしたくても出来ない、否、立場的に許されないことをするクリスタルが。
しかし、このクリスタル・オランデールはどこまでが本気なのか疑わしい部分がある。ダニエルがその後持ってきたジョイスからの、近況報告のような、それでいて時に不思議な決意表明が記される手紙にはクリスタルについても書かれていた。リプセット公爵家の派閥に属するオランデール伯爵家出身のクリスタルにジョイスが貴族学院で注意を与えなかったことが、後々どのように悪い作用を及ぼしてしまったのかを。
クリスタルはジョイスの婚約者に一番近い存在だと貴族学院で仄めかしていたらしい。ジョイスはそれを面倒だと思っていたが、そのお陰であまり女性が近付いて来ないこともありクリスタルには何も言わなかった。どうせ来るべき時が来たら、何が本当か判明するのだからと。ところがそれが良くなかった。クリスタルはジョイスが自分の発言を認めてくれているのだと勘違いしてしまったのだ。
手紙にはジョイスが貴族学院を卒業した後、クリスタルがスカーレットに心無い言葉を浴びせる時に度々使用していただろう言葉が書かれていた。それは、『殿下を支える側近の未来の妻であるわたくしは、あなたを思って発言していることを理解してちょうだい』というもの。実に便利な言い回しだ。
スカーレットに対し散々言いたい放題になったクリスタルは、行動にもそれが出てしまったのだろう。貴族学院を卒業したというのに、あの頃のように。話し相手としてスカーレットがファルコールへ呼んだサブリナを取り上げようとしたのだ。
最初は何故サブリナの話が書かれているのか理由が分からず読み進めた手紙。しかし、途中でアルフレッドは理解した、クリスタルがスカーレットから大切なサブリナを己の利益と保身の為に奪い取ろうとしているのだと。サブリナは元義姉だが、子爵家出身ということでクリスタルはいいように利用していたのだ。ジョイスはクリスタルが品評会で高評価を得た刺繍作品もサブリナの作品だと付け足していた。
『せめて品評会に出せるくらいに腕を上げたらどうだ』
あの頃スカーレットに言ってしまった言葉が思い出される。アルフレッドは今なら分かる、スカーレットは質ではなく数に拘っていたのだ。品評会はただ飾るだけ。しかしバザーに出せば金を生む。但し、そのバザーにやって来る者が買える金額だったらの話だが。
アルフレッドがクリスタルの反省を疑わしいと思ったのは、サブリナをどうにか伯爵家へ連れ戻そうとこの修道院から商家の娘に命令紛いの指示を出したからだ。
過去を思い出させるクリスタル。
本当に反省しているのか疑わしいクリスタル。
だからなのだろうか、アルフレッドは視界に入ったものの見えていないこととしてクリスタルの前を通りすぎる選択をした。そして、祈りを捧げるため礼拝堂へ向かったのだった。




