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男性の手をこんな風に触れたことは無かったと薫は思った。自分の指先よりも温かく感じる手の平。案外肉厚で弾力がある。その感触を確かめていると反動で動く指先。今度は指一本一本をなぞると、それぞれの関節の太さが良く分かった。でも、分かるのは手の感触だけ。残念ながら、ここから愛の形を捉えるのは難しいだろう。
薫はそんなことを思いながら、差し出されたデズモンドの手の向きを変え、今度は爪のあたりを触れてみた。その時だった、デズモンドの瞳に欲が灯ったのは。そして言われた『そんな風に爪に至るまで丁寧になぞられると、流石の俺でも背筋にこみ上げる衝動が我慢出来なくなりそうなんだけれど』と。薫は『そう?』と軽く返しながらも考えた。これはただの欲を誘発したのか、愛が欲という形になったのかを。
「デズ、もう少し手を伸ばして」
「これでいい?」
「ええ」
薫は更にもう少しだけデズモンドの手を引き寄せると、爪に軽くキスをした。ガタンという音が聞こえたが、目の前のデズモンドは座ったまま。だから音は聞こえなかったことにして、薫はデズモンドに確認するよう問いかけた。
「手に触れるだけでは愛の形を思い描けなかったから、唇で感じ取ろうと思って。これでいいのかしら?」
「甘く感じた?」
「ううん、残念ながら」
「じゃあキャロルはまだまだだ。ノーマンなら分かるだろう、サビィの指先に口付ければ愛の形を思い描けると」
「そうなのね。残念」
「でも、これから俺ともっと二人だけの時間を過ごせば、分かるようにしてあげられると思うけど」
「そうね、その申し出はちょっと惹かれるかも」
「へえ、どうしたの。どういう心境の変化?今日のキャロルはいつもに比べてガードが低いけど」
「そう?だとしたら、クロンデール子爵夫妻に触発されたのかしら。それにサビィとノーマンにも。わたしも、理解し合える誰かが傍にいて欲しいみたい」
「俺はいつでも傍にいれる。今以上の傍にね」
何て魅惑的な笑みを浮かべてそんなことを言ってくれてしまうのかと、薫はデズモンドを見ながら思った。既に本当のデズモンドがどういう人物なのか理解している薫としては、傍にいてくれたら嬉しい。
「ねえ、デズ、形はまだだけれど、色は優しい黄色のような気がする。贈ってもらったリボンについていたレモンシトリンの輝きを優しくしたような」
「それは光栄だ。キャロルは俺を思い浮かべる色のリボンを持つことになるんだから」
デズモンドがそう言い終わった時だった、ジョイスが『今日はもう遅いので』とやって来たのは。




