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クロンデール子爵夫妻は仲が悪くはないが、休暇は食事の時間以外ほぼ別々に過ごした。
最初の内はハーヴァンとジョイスを除いた全員が、政略結婚をしたもののその後も親睦が図れなかった夫婦なのだと思ったくらいに別行動だったのだ。
しかし滞在三日目のことだった。夫人は午前のお茶の時間に『夫が息子を鍛えているところをこっそり見たいのだけれど、都合の良い場所はあるかしら?』と尋ねた。
「こっそりですか?」
「ええ。ハーヴァンは早くに家を出たから、二人で過ごさせてあげたいの。でも、その様子は見たいでしょ」
夫人の話によると、ハーヴァンは貴族学院へも公爵家で仕事を覚えながら通っていたそうだ。それならば確かに早くから親元を離れたことになる。
「それに、今回の滞在にはとても感謝しているのよ。宿泊出来るように都合をつけてくれたキャストール侯爵にも、あなたにも」
「わたしは何も」
「いいえ、初日にもお伝えしたけれど怪我と病気を同時に患ったハーヴァンを助けてくれてありがとう。後で状況を知った時には、息子を一人失っていてもおかしくないと思ったわ」
「助けたのは、人として当然のことです。そして回復出来たのはハーヴァンの気力だと思います」
当然のことをするまでにジョイスと駆け引きをしてしまったが、最終的には薫がハーヴァンを助けたと言えるのかもしれない。けれど回復に使ったモノで頑張ったのはハーヴァンだと薫は考えている。
実は初日に渡された四頭の馬。宿泊費と投資金にしては貰い過ぎだと、薫はクロンデール子爵夫妻に伝えていた。しかしハーヴァンの命を救ってくれた礼も含まれていると押し切られてしまったのだ。子爵に至っては『返されると、帰り道の飼葉代も掛かって我が家としては苦しくなります』と笑みを浮かべる始末。結局四頭は頂くことになってしまったのだった。
「まあ、そういうことにしておきましょう。でも、ここを近くに馬用の施設があるホテルとして運営することを決めたのはキャロルさんでしょう。お陰で夫があんなに楽しそうだわ。それを見て感じ取れるわたくしもとても嬉しいのよ」
たまたまそうなっただけだが、結果的に喜ぶ人がいて良かったと薫は思った。
「馬を繁殖させ、育てて、売る。全てが高値で売れるわけではない。でも、馬が本当に好きな夫には、それが辛いのだと思うわ。馬を商売の道具として見て、価格まで付けなければならないのだもの。だから、馬を労える施設が出来上がることは楽しみでならないでしょうね。美味しい食事、しかもハーヴァンが作ったものが出て来るホテルに滞在しながら、施設の予定地で、早くに親元を離れたハーヴァンから計画を聞けることは夫にとりとても良い時間になるはずよ」
クロンデール子爵夫妻滞在三日目、薫は理解した。夫妻は別行動をしているのではなく、好きなように過ごす夫の様子を夫人は愛情を持って見守っているのだと。




