ファルコール手前の町10
「長い間拘束して悪かったな。色々助かったよ。こんなに監視役と良い関係が築けるとは正直思えなかった。ありがとう。この国の言葉も随分話せるようになった」
Aの表向きの仕事は道案内兼世話役。しかし、トビアスが言った通り本当の役割はトビアスの監視役。但し、監視業務は普段に比べとんでもなく楽だった。普段は対象に勘付かれないように気を使いつつも、一定の距離で全てを見聞きしなければならない。集中力を保ち続けるのは案外疲れるものだ。それが今回は監視対象にAの存在を気付かれないようにするのではなく、近くという見える範囲にいて良いとは。しかもトビアスは都合良く勘違いしてくれていた。勝手にAがトビアスの行動を監視していると思ってくれていたのだ。実際の業務内容はトビアスとスカーレットの様子の監視だというのに。だから別に付いていかなくてもいいケレット辺境伯領にも同行するよう言われたのには驚いた。トビアスなりにAの仕事へ対して気遣ってくれていたのだ。
「いえ、隣国からの大切なお客様に怪我でもあったら大変ですので、キャストール侯爵家としては当然のことです、トビアス様のお世話は」
「まあ、そういうことにしておこう。国へ帰ったら、セーレライド侯爵家から正式に礼状を送るよ。君にも」
「わたしへの配慮は不要です。その分をスカーレットお嬢様へお願いします」
「ああ、分かってる。スカーレットへは物珍しい食材や、自国の菓子を持ってくるつもりだ。きっと喜んでくれるだろう」
「ありがとうございます」
「ところで、君は輸送業をどう思う?」
「スカーレットお嬢様が喜ぶことだと思います」
「そっか、ファルコールの館にいる者達も皆、基準はそれだろうな。スカーレットは愛されているんだね」
「ファルコールの館にはいない閣下に特に愛されていると」
「違いない。けれど、この国の王子には愛されなかったようだ。自分にとってはありがたいことになったけど」
「それがそうとも言えないようです。当たり前だと思っていたものを失うと人は気付くようで」
「そっか…」
その後王都のキャストール侯爵家にやって来たトビアスはジョイスが作成した計画書とケレット辺境伯から渡された意見書をキャストール侯爵へ渡しながら、輸送業の話をしたのだった。それとオランデール伯爵領で栽培されることになっている豆をスカーレットが欲しがっていることも。
「トビアス殿、有益な情報をありがとう。娘が欲しがっているものは、余程おかしなモノやコトでなければ父親として与えてあげられるよう考えなくてはならないな」
「侯爵、その有益な情報の対価をわたしもいただきたいのですが…」
トビアスはスカーレットにファルコール再訪の約束をしたと前置きした上で、侯爵に願い出た。次は長期滞在を許可して欲しいと。




