300
トビアスと入れ違いのようにノーマンがファルコールへ戻って来た。王都で流行りのお菓子や、前リッジウェイ子爵夫妻から持たされた手土産を携えて。
人は隠すから後ろめたさを感じるのだろう。一度オープンにし隠す必要がなくなると、こうまでも人は大胆になるようだ。なんと両手を広げたノーマンにサブリナが抱きついた。しかも薫の隣で。更に『会いたかった』という囁きまで聞こえてきてしまったのだ。
見聞きしている薫の方が恥ずかしくなりそうな状況だというのに、当人達はしっかり抱き合っている。
「ノーマン、お父様は何と?」
「次にファルコールでサビィの表情を見てから判断するとおっしゃっていた」
「お母様は?」
「ツェルカに髪の梳き方やドレスの着せ方を教えてもらうといいと」
「良かった。二人共反対はしなかったのね」
そんな短い会話を交わすと、漸く二人は離れた。そしてノーマンは薫に向き深々と頭を下げて礼を伝えたのだった。
サブリナを優先し、その後仕えているスカーレットへ筋を通す為に深々と頭を下げる。何ともノーマンらしいと薫は思った。こんなノーマンだからこそ、サブリナは好きになり、前リッジウェイ子爵夫妻も結局のところ受け入れたのだろうとも。
「さあ、中に入って一息ついて、ノーマン。それとハーヴァンがあなたに相談したいことがあるようなの、新しい食材のことで。だから、荷物を置いたら食堂に来てちょうだい。サビィはどうする?ノーマンが荷物を置くのを手伝う、それともわたしと一緒に食堂へ向かう?」
サブリナが荷物を片付ける手伝いをするなどと誰も思いはしないが、敢えて薫は理由を提示してあげたのだった。二人一緒に部屋へ向かえるよう。そうすれば、抱き合うだけではなくキスの時間くらいは作れるだろう。
「じゃあ、荷物…」
そう言って、サブリナがノーマンと視線を合わせた。ケビンとノーマンが視線を合わせて行う合図とは全く別物の、甘さだけで成される遣り取りがそこにあるのは誰の目にも明らかだった。
無口なタイプのノーマンは、何に対してもあっさりしていそうに見えてしまいがちだ。それは女性を前にすれば、愛の言葉をとめどなく囁き続けられそうなデズモンドが近くにいるせいで余計にそう見えてしまう。でも、実際には好きな女性を前にノーマンはあっさりしているどころかしっかり攻めた。その結果がサブリナであり、あの甘い遣り取り。
薫は漸く自分もそういう雰囲気に飲まれてみたいと思った。考えてみると今までは『恋をしよう』と意気込んでいただけ。デズモンドやジョイスとなら恋が出来るのではないかと。でも、実際には何もしてこなかった。サブリナのように、相手から向けられる想いに応えなければ何も始まりようがなかったというのに。
けれどここに来て次の問題が。デズモンドもジョイスも気持ちを既に表してくれている。そして暫くの間。薫はこの間隔が開いてしまった後にどうすればいいのか分からなくなってしまっていた。




