とある国の離宮13
「兄が婚約式に出席してくれることが確定しました。これでリエーの楽しみが増えますね」
「楽しみ?」
「わたしと兄が似ていないという話です」
「テリー、わたくしはあなたの顔を様々な角度から見たのよ。あなたのお兄様の顔との共通点を探せてしまいそうなくらいに。だから以前あなたが言ったこととは違う楽しみ方をするのではないかしら」
「何でも構いません。あなたさえ楽しんで下されば」
そう言ってマリア・アマーリエの髪を一房手に取り、愛おしそうに弄ぶテレンスを見ながらマリア・アマーリエは世の婚約者同士は、日々こんなに甘い会話や雰囲気を繰り返すのだろうかと思った。しかしこれが甘い会話と雰囲気なのかは実のところ良く分からない。ただテレンスの声には優しさという甘さが間違いなく含まれていると、マリア・アマーリエと二人だけで話す時には感じられるのだ。王宮にいた頃、兄弟の誰からも聞いたことのない優しい響きが。それは不思議と心にまで伝わって、テレンスに意味もなく笑い掛けたくなるくらいに。
「ねぇ、世の男性は皆、女性に日々甘い言葉を囁くのかしら」
「皆にはわたしも入っていますか?」
「わたくしに甘い言葉を囁くのはあなたしかいないもの。皆の中にあなたがいるのではなく、皆があなたと同じなのかと知りたかっただけ」
「そうですね、囁きたい女性がいれば毎日そうするのでは?リエーが日々甘い言葉を聞いていると感じるなら、わたしの行動は合っていますね」
マリア・アマーリエの質問に自分の思う答えを伝えながら、テレンスは別の回答を思い浮かべた。シシリアが現れる前のアルフレッドはスカーレットに甘い言葉を毎日のように囁いてはいなかったと。二人きりの時には何か言ったのかもしれないが、スカーレットが今のマリア・アマーリエのような表情を浮かべていたという記憶がテレンスにない。しかしシシリアへ対しては、テレンスとジョイスが周りにいても優しさが籠った甘い言葉を伝えていたのを覚えている。結果的にはそのせいで、シシリアはアルフレッドから好意を向けられる女性と周囲から見做されたのだが。
アルフレッドとスカーレットが共に過ごした時間は長い。だからテレンスが知らないだけで、どうかスカーレットにも甘く囁かれたと思える時間があって欲しいと思った。けれど、今の二人の関係ならばそんな時も思い出もない方が良いのかもしれない。…それに、アルフレッドとシシリアが関係を持ってしまっていたことをテレンスは知っている。考えてみれば、婚約者がいるというのにそうなってしまったアルフレッドはあまりにもスカーレットに対し失礼だったのではないだろうか。
「どうしたの?」
「口付けても?」
「呼び鈴が不要な程度ならば」
「勿論です。リエーの傍にいられなくなるのは嫌ですから」
テレンスはマリア・アマーリエの額に優しく口付けた。更に、ご愛嬌と言わんばかりに鼻先にも。
「この順番だと次はどこかご存知ですか?」
「分からないわ」
「知りたい、それとも知りたくない?そこはYour highness、あなたのお心のままに」
「では、テレンス・キャリントン、このわたくしに教えるという栄誉を与えよう」
テレンスは額と鼻先同様、マリア・アマーリエの唇に自分のそれをただ触れさせた。
触れただけ、たったそれだけのことがこんなに特別に思えることに驚きながら。その先に何があるのか知らないわけではないのに。
実は怪我をしていまして。生まれて初めて局所麻酔で傷口を縫うという経験をしました。勿論、『抗生物質』使いましたよ~。いつか抜糸も含めて、話のネタに出来ればこの経験も無駄にはならないと思っています。手と腕にやらかしたのですが、キーボードを打つ分には問題ありません。寧ろ注意深くなって誤字脱字が減ることを祈っております。
そんなわたしは、甘さが欲しくなり、今回はこの二人にスポットライトを当てました。




