295
デズモンドの優しさに応える、その方法として提案を受け入れる。
しかし、それは薫だけの考え。ここにいる他の参加者の意見はどうだろうかと薫は考え周囲を見回した。
それは前世で勤めていた会社の社長の様にはなりたくなかったから。適当に決めて『後はやっておいて』と仕事を押し付けるようには。
とある役員が自慢げに話していた内容が薫は忘れられない。『あの店では俺はにゃんにゃん、社長はわんわんって呼ばれているんだ。猫の俺の方が可愛いってことだよな』などとのほほんと話していたことを。その後も聞こえてくる内容から、ワンマン社長を若いお姉さんが聞き間違えて、『え~、社長はわんわんなの?可愛い~』と言ったことが事の発端だと分かったが。本当にワンマン社長で独裁経営をするならまだしも、適当に何か言って後は押し付けるだけ。夜の交際費に独裁的決裁権しか振るわない人だった。せめて本当にわんわんで、『待て』が出来れば夜毎の交際費は膨らまなかったことだろう。
「みんなの意見を聞かせて」
見回すだけではなく、どんな意見でも聞かせて欲しいという意を込めて薫は声を掛けることも忘れなかった。
待つこと数分。結果的には異論を唱える者は誰一人いなかった。やって来たばかりで、デズモンドの事情など知らないであろうジョイスを含めて。
そして意見を求める為ではなく、ノーマンの上司的な立場で参加してもらったケビンがそこからリードしてくれた。
「大丈夫。俺達がここにいるのはキャロルを支える為だから。それに、今迄のキャロルを見ていたら、誰かの為に間違ったことをしないのは分かっている」
「ありがとう、ケビン。でも、間違えそうになったら直ぐに教えてね。それが、わたしのお兄さん役のあなたが担う最も重要な役目だから」
ケビンは大きく頷くと、今度はそれぞれに役割を伝えていった。
「いつかやって来るかもしれないその時までに、ジョイは護衛業務、ハーヴァンは料理をノーマン同様出来るようになってくれ。そうでないと、ノーマンが男を見せてサビィに結婚を申し込んだとしても、俺が許可出来ないから。ナーサはキャロルが描く可愛い家を実際に紙の上に起こして欲しい。キャロルの絵が理解出来るのはナーサしかいないから。そうだ、ジョイは概算でまずは見積もりを。そして、マーカム子爵とリアム殿は、俺と個人的に話す時間を設けて下さい」
「ケビン、俺達のことはデズモンドとリアムでいい。これから長くここでお世話になるんだし」
「…分かった」
デズモンドへの返事にケビンが微妙な間を空けた。その間こそが、デズモンドの言った『長くここで』へのケビンの気持ちのように薫は思えた。ケビンもデズモンドという人物を知り、色々と考え悩む部分があるのだろう。恐らくケビンが設けるデズモンド達との話し合いに薫が参加させてもらえることはない。けれどその話し合いへの心配、不思議と不要に薫には思えたのだった。




