王宮では56
王子でなくとも、誰しもが自分の世界では自分を中心に物事を考える。取り巻く環境、登場する人物。あの頃のアルフレッドの世界でスカーレットは中心に近い影響力のある人物だった。しかも、この世界に新たにやって来たばかりのシシリアを中心に近付けまいとする。
シシリアがアルフレッドに新たな優しい光をもたらす女性ならば、スカーレットはそれを覆いつくそうとする闇だった。おかしなもので光と闇に例えてしまうと、そこに不思議な考えが植え付けられる。光をもたらすシシリアは女神のような存在で、闇に例えられるスカーレットは悪者というような。
もっと広い視野、中心をこの国としていたならば、馬鹿な王子を目覚めさせようとするスカーレットこそ女神のような存在だったことだろう。それ以前にアルフレッドはスカーレットを中心とした世界を考えることを怠ったから、今、自分を呪いたくなったわけだが。
「ダニエル、今日はありがとう。ただ、気になった。表情に言いたいことが出過ぎている。侯爵ならば、どんな状況でも機会を手繰り寄せるだろう。それに今日の議題を考えれば、時間は押すどころか余ると読めたはずだ。おまえはあのキャストール侯爵家を継ぐのだから、表情にも注意しなければ」
「申し訳ございませんでした。殿下、次回からはそのようなことが無いよう手紙を持参した時には合図を送るようにします」
「分かり易いものは駄目だが…」
「シトリンの、黄水晶のピアスを着けてきます」
「…分かった」
ダニエルがシトリンを態々黄水晶と言い直したのには理由があるのだろうか。嘗てスカーレットが一番好きだった色を合図用に使うとは…。理由があるならば聞きたいところだが、そこを掘り起こせないアルフレッドがいるのも事実。こういうところが、ダニエルがあのキャストール侯爵の息子なんだとアルフレッドは思わずにはいられなかった。
「今日は茶を飲んだら、礼を言って去るといい。その際、侍従に茶葉の種類を尋ねるように」
「茶葉の種類ですね、分かりました」
ダニエルが去るとアルフレッドは再びジョイスからの手紙に目を通した。そして今更そんなことをしても遅いのは分かっているが、アルフレッドは当時をスカーレットの視線で振り返ろうと努力したのだった。当時のスカーレットはどこまでを見越していたのだろうかと。
アルフレッドがシシリアを含め多くのものを失うことまでは想像していなかっただろうが、あの頃のスカーレットの言葉はそうなることを防ぐ為のものだったように今は思える。
皮肉なものだ、あの頃のシシリアとの会話は心を穏やかにしてくれたというのに、内容を思い出せない。しかし、耳障りだったスカーレットの言葉は、今はアルフレッドの心の深い部分にまで届いてきてしまう。




