王都リッジウェイ子爵家5
ノーマンは大切なサブリナのことを想いながら、前リッジウェイ子爵夫妻に事実を伝えた。何の装飾をすることもなく、事実を事実として。そして、自らの考え、ジャスティンは端からサブリナを利用し続けたのだろうと伝えたのだった。
サブリナが不妊だったのは当然のこと。そしてそこに負い目を感じさせ、いいように仕事を押し付けた。今回の離縁さえなければ、サブリナは一生ジャスティンに飼殺されていたことだろう。
「王都では、オランデール伯爵家の息子が妻と別れ気落ちしていることはどこの貴族でも知っていることだ。当分再婚相手が見つからないよう、『愛する妻を失ったばかりで当分他の女性へは目が行かないだろう』などと噂を広めたが…。サブリナは少しも愛されていなかったということか」
娘のその手の話を聞くのも話すのも親としては当然抵抗がある。けれど、目の前のノーマンだってそれを好きな相手の親に伝えるのは抵抗があっただろう。それでも伝えなければいけないと思った理由がこれだったとは。
前リッジウェイ子爵夫妻は、それまでの質問を繰り返したのとは打って変わり沈黙した。
そして先に口を開いたのは夫人。
「あの子は事実を知った時、大丈夫、ううん、大丈夫なことはないわね。どうしていたのかしら」
「嘘は言いません。『良かった』と言って笑ってくれました。これは失っていなかったのねと。そしてわたしは謝りました、けれど俺が奪ってしまったと」
「当ててもいい?あの子はきっとあなたに謝罪はいらないと言ったのではないかしら」
「はい。翌日もスカーレットお嬢様に報告に行った際に、わたしのことを悪くないと庇って下さいました」
「あなた達、それをスカーレットに報告したの。未婚のスカーレットに」
「わたしとしては筋を通さなければいけないことでしたから。そしてスカーレットお嬢様は冷静に対応して下さり、こうしてわたしがお二人に報告をする機会まで与えてくれました」
「そうか。ノーマンと言ったか、君はサブリナを今後泣かせないと約束出来るか?」
「人が何で泣くかは分からないので、それは出来ません。でも、サブリナお嬢様に何かあった時は常に寄り添いたいと思います。そして悲しいことが降りかからないように守りたいとも」
「ふふ、ノーマンさん、人は嬉しいことがあっても泣くものだからその答えは正しわ」
結局前子爵がノーマンとサブリナの交際に対する許可を口にすることはなかった。代わりに言ったのは、次にファルコールへ行った時のサブリナの表情で判断するということ。夫人は前子爵より踏み込んで、『ツェルカに髪の梳き方やドレスの着せ方を教えてもらうといいわ』と伝えたのだった。
そしてノーマンがリッジウェイ子爵邸を去った後。
「バルラトル、よく耐えたわね」
「それはどっちをだ」
「前夫、それに、たぶん未来の夫、とでも言うべきかしら。どうする、ノーマンさんの為人は簡単に調べられるわよ」
「クライドが大切な娘に付けた男だ、問題はないだろう。うちの大切な娘に手は付けたが」
「ふふ、そうね。わざわざ報告に来るぐらいだもの」
「問題はオランデール伯爵家だ。今は金を払ってでも、サブリナから教えてもらいたいことがあるだろうな」
「ええ、そうね。でも、もう少し様子見かしら。我が家は別にお金に困っていないもの」
二人はサブリナのオランデール伯爵家での六年を思いながら、これからのことを考えた。




