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普段は口数が少なめで、あまり表情を見せないノーマン。それが、薫の前で堂々とサブリナへの愛を語った。けれど、未来に対し本当に言いたいことがどうしても口から出せずに苦悩の表情を浮かべた。
これが身分社会という見えない棘なのだろうか。
気にしなければ、気にしない相手とならばその棘は文字通り見えない。しかし一旦気になると、棘は徐々に大きく鋭くなる。当然痛みが伴う程に。刺さっていることは分かるのに、見えないから抜くことが出来ない棘。
ノーマンはその痛みを理解しているのだ。そして考え倦んでいる、どうすべきかを。
ああ、そうか。薫はノーマンがこうして報告した理由が何となく見えてきた。ノーマンはサブリナへの愛を語ったことで、遊びではなく本気だということを示した。それは事実だと。しかし、その先へ進んでいいのか悩んでいるのだ。
進むにしろ、引き返すにしろ、このタイミングしかないということだ、ノーマンには。だから先に謝っていたのだ、サブリナを傷付けてしまったことを、もしかしたらこれから心を傷付けてしまうであろうことを。
「ノーマン、あなたがわたしに報告したのは認めてもらいたいからなんじゃない?認めた上で、背中を押してもらいたいのでしょう?」
薫は、前世でヤツからなっちゃんを紹介された時のことを思い出した。その瞬間、薫とヤツの付き合いの長さも関係性も全てが無視され、なっちゃんが彼女という立場に納まったときのことを。その紹介という名の事後報告は、ヤツが薫にその事実を認めさせる為に行われたこと。
ノーマンの報告は薫が前世で受けたものとは違う種類、けれど認めてもらいたいという部分は同じだろう。それは薫の言葉を受けたノーマンの目を見ればはっきりと分かることだった。
「でもね、ノーマン、わたしは二人の関係を認めるもなにも、そんな立場にない。勿論、尊重して祝福はするけど。だけど、背中は押してあげられる、ただしあなたが望む方法ではないかもしれないけど。ねぇ、あなたも最短日数で王都へは行けるのでしょう?だから報告書でも何でもいい、キャストール侯爵家へ届けてちょうだい。それとサビィがこれからご両親に宛てて書く、ファルコールでの暮らしを報告する手紙も」
貴族のご令嬢というサブリナの身分をノーマンが気にするのなら、認めてもらうべき人物は決まっている。前リッジウェイ子爵夫妻しかいないのだ。
「そうだ、ノーマン。大切なことを伝え忘れたわ。サビィが昨日言ってた、過去が霞むくらい今を幸せに過ごしたいって。一人でも幸せを目指すことは出来るかもしれない、でも、誰かが、それも心から寄り添ってくれる誰かが傍にいてくれたら心強いと思う。そして前リッジウェイ子爵夫妻が大切だと考えているのは、貴族としての体面ではない。自分達がオランデール伯爵家から何を言われようと得たかったのは娘の幸せよ」
薫はその日、急遽ジョイスを交えてサブリナが今後ファルコールで行いたいと思っていたことを纏める話し合いをした。傍にいるというのはそういう意味ではなかったのだが、その話し合いにはノーマンも同席し、時折サブリナの手を握る始末。それはジョイスの視界にもしっかり入ったようで、時々目を伏せる仕草が可愛いと薫は思ったのだった。




