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オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではありますが~  作者: 五十嵐 あお


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ジョイスはスカーレットとケビンの遣り取りを聞きながら、学院生の頃の自分は何を見ていたのかとまた後悔をした。

スカーレットはサブリナの話を聞き、『それは良かった』では終わらなかった。雇用される側が雇用主から不当な扱いを受けないかまで心配したのだ。貴族学院でアルフレッドに意見し続けたのも、心配をしていたからだろう。後々のことを考えたから、あの状況の中でも努力、否、戦った。考えてみれば、あの時のスカーレットに一番楽だった方法は逃げること。それこそキャストール侯爵に貴族学院でのことを伝え、暫く隣国へ留学という体で逃げてしまえば良かったのだ。


渦中にいたジョイスが言うのもおかしなことだが、様々な話を聞けば聞く程スカーレットが置かれていた状況に胸が苦しくなる。それなのに当の本人はここで他者の心配をしたり、手助けをしたりと忙しくしているとは。しかも同じく辛い状況にあったサブリナまで、その時加害を加える側だった女性にまで優しさを見せた。


二人を見ていると女性の中にある本当の強さとは何だろうかと考えたくなる。優しい心があるから、その対象を守る為に強くなれるのか…、芯が強いから、優しくあれるのか。どちらにせよ、そんな優しさと強さを持つ女性の心を踏みにじったのは大罪だ。ジャスティン、アルフレッド、そしてジョイスも罪を犯した。


『人は失うことを恐れますから』というケビンの言葉がジョイスの頭の中に繰り返される。

アルフレッドはシシリアを失わないよう、スカーレットを排除しようとし成功した。ある瞬間までは、そう思っていたはず。ところが当たり前のようにあったもの、存在していたものを失ってから気付いた、本当は何を失ってしまったのかを。


ジョイスはあの悪天候でファルコールに滞在した時に、現実を見て失ったものの大きさに気付いた。スカーレットは未来を見ると言ってくれたが、ジョイスが過去を失ったことに変わりはない。楽しい会話を繰り返し、国のことを考え、大切な繋がりを作れたかもしれない過去を。


ジョイスは失ったからこそ分かる、ケビンの言ったことは正しいと。もう二度と大切なものは失いたくないから、ジョイスは今こうして藻掻いている。そしてジャスティンは手駒を失いたくないからと画策した。大切なものを手に入れようと他者の人生を踏みにじることなど許されないというのに。


サブリナがオリアナと別れた後にぽつりと呟いた『利用する者を失うことで、ジャスティン様は強くなれる』という言葉すら優しさの表れだ。そう願っているのだろう。優しくなければジャスティンへの未来など口にしない。



「そして、昨晩キャストール侯爵家の手の者で商会内に紛れ込んでいるものがここにやって来たのです。商会では積み荷を守る為の者を雇っています。様々なところ、場合によっては外国へも正当な理由で行き来する職務内容は非常にありがたいと思いませんか?」

「そういうことだったのね、あの報告書が作成された理由も良く分かったわ」

「あの者がオリアナという女性と共にやって来たことは偶然でしたが、そうでなくても直ぐにキャストール侯爵家へ伝わったことでしょう」


ケビンとスカーレットの間で続く会話を聞きながら、ジョイスは国が何を失ったのかも考えさせられた。


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