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「ノーマンさんにサビィさんまで…、まさか直ぐに様子を見に来てくれるとは思わなかったよ」
「それで、焼いてみてくれましたか?」
「ああ、でも、天面が昨日に比べると焼き色が強いな」
「オーブンの違いがあるから、そこは調整が必要でしょう。今日の分は全て買い取りましょうか?」
「うーん、俺としては買い取ってもらうより、ノーマンさんがこのパンを持ち帰ってどうする予定だったか知りたいところだ。丁度うちのパンを買い取ることになっていた食堂のヤツが来てるから、利用方法を俺達に教えて貰いたい」
パン職人の要望にノーマンは快く、弛めのホワイトソースで作るパングラタンを紹介した。これはパンが多めに残っている時にファルコールの館で出される料理。大きなキャセロール皿で作るので、大所帯にはありがたい一皿。
「そうか、クリームシチューを作っておいて、注文の都度切ったパンを入れてチーズを掛けてちょっと焼けばいいのか」
「よろしければ、残りの二軒に寄った後、そちらに伺いましょうか。もしかしたら、同じようなパンが焼き上がっているかもしれませんから」
「それは助かる。じゃあ、必要なものを教えてくれ、そろえておくからさ」
ノーマンとサブリナは必要な調理器具だけを伝え、一軒目のパン屋を後にしたのだった。
二人が外に出て少しすると、ジョイスが戻って来た。
「どうでした?」
「午前中は町を見て歩き、午後には代官所へ行くらしい」
「プレストン子爵にサビィと面会出来るよう口利きを依頼するつもりか」
「それで、そっちは?」
「滞在中の宿に向かう口実は作ってきた。恐らく四時くらいには、手が空く」
「分かった。その時間を伝えて来るよ」
立ち去るジョイスの背を見ながら『出来るかしら…』とサブリナが呟いた。その声には不安が混じっている。
「出来る出来ないはもうどうでもいいと思う。今のサビィはファルコールに来た時とは全く違う雰囲気だ。ただ微笑みさえすればいい、そうすればとても楽しそうに見えるから」
「ありがとう、ノーマン。そうね、わたしの役割は楽しい毎日を過ごしていると示すこと、このままでいいのだから一番楽な役回りね」
「簡単に御せるとあなたを見下していたからオリアナはここまで来た。過去においてはあなたに苦痛を与えることで満足していたオリアナです。だからこそ、幸せで楽しそうなあなたの姿を見せて下さい。それが彼女にとってのダメージになるはず。後は俺達に任せて下さい。さあ、次のパン屋へ行きましょう」
その後二人は予定していた二つのパン屋を回り、ファルコールの市場で買い物をしてからオリアナ達の滞在先へ向かったのだった。
サブリナには市場での買い物は初めての経験。そう言えば、男性と歩いて町を歩くことも。ジャスティンとは馬車で出掛けることはあったが、行先は夜会や夫婦同伴のお茶会。夫人としての義務を果たしていただけだ。今更ながら、
何て詰まらない結婚生活だとサブリナは思ったのだった。




