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「それで面白味のある会話をしたい、に行き着いたわけだ。で、どうしてそれを俺がジョイに教えなければならない。俺とジョイの間にはそんな関係性も理由もないが」
やはりどう名乗ろうと公爵家のジョイスには、所詮デズモンドは言われたことに従うべき人間ということだろう。デズモンドはジョイスの本音を引き出すべく、敢えて理由がないと言ってみたのだった。
「理由は…ない。だから頼みに来た。ただデズモンドを選んだ理由はある」
「理由?」
「俺が知る限り、どの女性もデズモンドと話している姿は楽しそうだった」
デズモンドは理解した、だからジョイスは『女性を楽しませる方法を教えてくれ』と言ったのだと。しかし理由が分かったところで、答えは決まっている。
「そんなことを言ってるから面白味がないんだろ。俺がこう話せって言ったら、ジョイはその通りに言うのか?」
「それは…」
「赤い薔薇の様なドレスを着た女性に、俺の言葉だからと『ラベンダー色のドレスのあなたに包まれ、身も心も癒されたい』って言えるのか。まあ、それはある意味面白いかもしれないが」
「…」
「相手を良く見ることだ。と言ってもジロジロ見るのではなく、良く理解すればいい。例えば初めて見る髪型だったら、それを褒めろ。ただし、『良い髪形だ』では侍女を褒めることになるだろうが。それくらいは分かるよな?」
「では、デズモンドならそういう時は何と言う?」
「それこそ相手を良く見た上で、言葉を選ぶだろうな。女性という花は毎日同じようには咲かない。日々違うから、その日の美しさや印象を言葉にするんだ」
デズモンドの言葉に、遥か彼方に目指すものがあるという目をするジョイス。女性に対しジョイスという人物はかなりお粗末だということが、その目からデズモンドには分かってしまった。
ジョイスに教えてあげる義理など微塵もないデズモンド。しかし、これではジョイスと話す機会が多いキャロルが可哀そうに思える。だから、尋ねた。
「今日、キャロルとどういう会話をした?明日のキャロルの服装も髪型も分からないから、未来の話は出来ない。けれど、どんな詰まらない会話だったのか反省会は手伝える」
するとジョイスが物足りなさを感じたという、パン作り教室の後の会話をデズモンドに話して聞かせたのだった。
「…出だしから違うと思うのだが」
「どうしてだ。キャロルの心配を払拭する理由を伝えたのに」
「会議で対策を話しているみたいだ。もっとキャロルの言葉に寄り添うべきだったな」
「寄り添う…、じゃあ、デズモンドなら何と言った?教えてくれ」
「表情を見ないことには何とも言えないが、恐らく『大丈夫、キャロルの願いはきっと叶う』だろうな。パン職人が作るだろうということを肯定するのではなく、彼女の望みが叶うと伝えたと思う。ジョイの言葉は現実過ぎた」
政治は夢を見るのではなく、現実を見ること。今までのジョイスの立場からしたら、会話がそうなってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。しかし、中央から離れ国境の町で楽しく暮らそうとするスカーレットには夢のある会話の方が良いとデズモンドは思う。
もしもデズモンドがその会話をしていたならば、『キャロルの願いが叶うよう、手を取り合ってがんばろう』とか言って実際に手を握るくらいはしただろうが。折角二人きりだったのなら、それくらいしなければ確かに物足りなさを感じて然りだ。
デズモンドはそんなことを思いながら、お引き取りいただくタイミングを逃しジョイスの反省会に付き合ったのだった。




