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この日薫達が行ったのはパン作り教室だけに留まらなかった。何故なら参加者はパン作り職人だけではなく、宿屋や食堂の調理人と経営者もいたからだ。
焼き立てパンと様々な具材のサンドイッチの試食が終わると、今度はもう少しビジネスに踏み込んだ時間となった。いくら作り方を教え、美味しいと思ってもらえても実際に採用されなければ意味がない。だから、参加してくれたパン作り職人達へは支援として、どれくらい作ってみたいか確認し型とパン酵母を無償で手渡したのだ。更に、作られたパンを仕入れたいと申し出た宿屋などがあれば、パン職人と結びつけた。
「ノーマンさん、サンドイッチの具材の作り方は教えてもらえるのかい?」
「では、今日は便利なキノコペーストをこれから作ります」
これも予想通りの展開だった。サンドイッチを出せば、みんな中身の素材が気になる。折角ファルコールでシイタケ栽培を推進したのだ、これを利用しない手はない。ベースはシイタケだとしても、他のキノコ類の割合やハーブで作り手によって違う味になる。ノーマンはそれを実践し、異なる二つのキノコペーストを作ってみせた。
出来上がったキノコペースト、キャロットラペ、サラミの細切りをその場で挟みこちらも試食してもらったのだった。勿論サラミは畜産研究所で量産が可能となっている。こちらも既に数種類を作り出し、価格帯も様々にすることが出来た。謂わば貴族から庶民までの価格ということだ。
更にその後全員にもう一品振る舞われた。それはパンプディング。
「サビィさん、これは?」
「焼き上がりが上手くいかなかったり、日にちが過ぎてしまったりしたパンを使ったプディング、甘いお菓子です。女性に喜ばれると思いますよ」
こちらも基本の作り方があるものの、店によってアレンジがきくものを紹介したのだった。
後は参加者にお帰りいただくだけ。そう思うと、自分は特に何をする訳でもなかったが薫は漸く肩の荷が下せるように思えた。
「良かったね、キャロル」
薫のほっとした雰囲気を察した傍にいたジョイスが、優しい声のトーンで『良かったね』と言ってくれた。それはパン作り教室が上手くいったからの言葉ではない。
ジョイスこそ薫から聞いた要望を具体的な計画にし、事前の準備、当日の騎士宿舎キッチンの設営と動いた人物。だから計画が上手くいって『良かった』のはジョイス。それなのに、『良かったね』と言ってくれたのは、薫の希望が叶ったことへの言葉。薫はそう理解した。
「…ありがとう」
だからジョイスの気持ちに感謝を伝えた。
「まだ、その言葉は早いと思う。言っただろ、俺はキャロルの言葉を聞き、寄り添いたいと。振り返った時に良かったと思えることをもっと沢山作らないと、未来のキャロルが許してくれるか分からないから」
「そうね。わたしも未来のキャロルがどう思うか今は分からない。でも、今のわたしはジョイスに感謝しているわ、ありがとう」
二人の様子を視界に捉えたサブリナは、ノーマンとその場から音も立てず少し離れたところへ移動したのだった。




