王都リプセット公爵家別邸4
キャリントン侯爵邸で行われた隣国貴族を招いての晩餐会。エラルリーナはそこへ夫のリプセット公爵と共に招かれ参加した。賓客をもてなすホストとホステスは当然のことながらキャリントン侯爵夫妻。だから模様眺めをしていれば良いだけの晩餐会は、エラルリーナにとり気楽なものだった。ただし新たに作られる模様が不格好になる恐れや、端から描くのには値しないようなものがないか注意は払わなければならなかったが。
「あの子、本当に硬いわよね。わたし達がその情報を掴んでいないわけはないのに」
「でも、そこがジョイス様らしいですわ」
「ええ、それにジョイスだけではない。殿下の箝口令も問題なく機能するってことが確かめられたわね」
「そうでしたわね、そのことを誰もが知っていたと分かったら、殿下は…」
「ご自身の立場が薄氷を踏むどころか、既に冷水に片足が浸かってしまっていると考えたのではないかしら?」
「実際のところはどうなのですか?」
「まだまだ難しいわ。本来ならばこの秋に得るはずだった利益を結果として逃した貴族は多いのだから。言ってしまえば、今まで交易が盛んに行われていなかった国との交流を進めるのはその矛先を変えているに過ぎない。そう思っている貴族が多いでしょうね」
「口にしてはいけないし、今更言ったところでどうしようもありませんが、殿下はどうして…」
「それはうちのバカ息子にも責任があるわ。あの子、沈着冷静だとか、何事にも動じないとか、ご令嬢からは瞳の色の様な冷たさだとか色々言われていたけど、唯一スカーレットにだけは冷静ではなかったから」
「そうなのですか?」
「冷静でいる為に自分を押し殺していたのでしょうね。…不安になってきたわ。大丈夫かしら、あの子。スカーレットに対して何も隠す必要がなくなったことで、変に開花しないかしら」
「ふふ、お義母様、ジョイス様に限ってそんなことは」
「それは違うわ、イシュタル。ああ見えて、あの子は末っ子で手が掛かるタイプなのよ。今もこうしてわたくしと旦那様をやきもきさせているのだし」
この日のエラルリーナとイシュタルのお茶会は、キャリントン侯爵家で行われた晩餐会及びその後の貴族達の動きの情報共有が目的だった。しかし途中からはエラルリーナのジョイスへ対する不安がメインとなってしまった。
「大丈夫かしら、あの子…どうしてあの贈り物を選んだのか理由なんて言っていないわよね」
イシュタルはお腹の子に、お母様の貴族としての姿勢をご覧なさいと心の中で呟いてイシュタルに返事をした。
「ジョイス様ですもの、大丈夫ですわ」
『分かった?言ったか言っていないかは答えないのよ。ただあなたの叔父様なら、どちらでも上手く立ち回ると言うのよ』
エラルリーナへは言葉を音にして、お腹の子には本音を伝えながらイシュタルは笑みを浮かべた。
「そうね、あの子なら大丈夫。兄二人の様子を見て育った子ですもの、だから世の中を上手く渡るはずだわ」
「お義母様、秋にはファルコールでジョイス様にお会い出来ます。それを楽しみに致しましょう。わたくしもお義母様がお戻りになったら、どのようなお話しが聞けるのか今から待ち遠しいですわ」
イシュタルは貴族達の情報はまた次の機会だと思いながら、ファルコールの噂話をエラルリーナから聞いたのだった。




