王都とある修道院10
修道院に商人が出入りする日は決められている。クリスタルは伯爵令嬢なのだから、呼べば直ぐに来させるくらいの特別待遇をしてもらいたいものだが、それは叶わなかった。
次に商人がやって来る日など百も承知でクリスタルが担当修道女に質問したというのに、真意を察するどころか正解を返されてしまったのだ。しかもやって来た商人に手紙を届けて欲しいと伝えると、必要なものは自分のところで購入する規則になっていると言われてしまう始末。
クリスタルは手紙が物品の購入ではなく、元使用人への挨拶程度のものだと面倒ながら伝え商人に配達を漸く引き受けさせたのだった。
多少の現金があれば、こんな面倒なことも、クリスタルが元使用人の来訪を待つ必要もなかったというのに。誰にもぶつけられない不平不満、そして怒りは昇華することなくクリスタルの中で大きくなる。そして再び矛先をスカーレットに向けるのだった。しかし、その感情は恨みへと変化して。
クリスタルはどうせサブリナをスカーレットから取り上げるならば、先行投資分も回収し最大限に利用しようと考えた。サブリナにはアルフレッドに献上する為の作品をクリスタルの為に作らせればいい。もしかしたらスカーレットも同じことを考えてサブリナを呼び寄せた可能性がある。やはり一日でも早く、サブリナを王都へ、そしてオランデール伯爵家の納屋にでも連れ戻さなければ。
父の機嫌が悪いのは、以前と状況が変わってしまったから。再び元の状況に近付けてあげればいいのだ。それをクリスタルが助けてあげればいい。
クリスタルが思い描く未来。実現するには、代わりに動く手足、そして金が必要。そしてそれは思ったより時間が掛かったが、ちゃんとやって来た。
「クリスタルお嬢様、お手紙ありがとうございました」
お仕着せではない、普段着。但し、修道院へやって来るということで控えめな色合いのワンピースを着たオリアナは深々とクリスタルに頭を下げたのだった。勿論クリスタルはそのワンピースの素材感や作りでオリアナの家がどれほどの商家か値踏みをすることを怠らなかった。
「オリアナだったかしら、畏まらなくていいわ。そこにお座りなさい」
クリスタルがオリアナにぶら下げた餌は『伯爵家のことで話がある』だった。そして二人はどうして互いが伯爵邸に今はいないのかを詳しくは知らない。
オリアナにしてみれば、クリスタルは奉仕活動の為に王家管轄の修道院に夏の間滞在するという情報のみ。伯爵家でも限られた上級使用人しかその本当の理由を知らないのだ、オリアナが建前しか知らないのは当然のことだった。しかもクリスタルの修道院滞在期限を伯爵が年内に伸ばしたことなど知りようも無かった。
それはクリスタルも似たようなもの。クリスタルはオリアナが解雇されたとだけしか知らない。それもオリアナが一時にせよサブリナの侍女を務めていたから知っただけのこと。平民出身の使用人が解雇されたところで、クリスタルは何とも思わない。
だからこうして面と向い合い、互いの顔を見たところで理解し合えないのは当然のこと。寧ろ人間にある補完能力が負の方向に働き合った。
オリアナは如何にも貴族令嬢らしいクリスタルが書いた『伯爵家のこと』がジャスティンを表していると思い込んでいたのだ。オランデール伯爵家のクリスタルがオリアナとジャスティンのことを知らないはずがない。けれど、ジャスティンのことと書けば、はしたないからと避けたのだろうと。
そしてオリアナが釣れたクリスタルも誤った理解を正しいと思い込んだ。平民のオリアナが再び伯爵家で働く栄誉が欲しいのだと。




