王都とある修道院9
クリスタルは再びこの修道院の門をくぐってしまった。
本当ならば、サブリナがファルコールから呼び寄せられるように、クリスタルもまたそのままオランデール伯爵邸に留まるはずだったというのに。しかも、父からは夏の社交シーズンだけではなく年内の奉仕活動を言い渡されてしまった。その理由がクリスタルには分からない。どうして父は自由に使えるお金すら持たせることなく、予定よりも早くクリスタルを修道院へ戻す決定を下したのだろうか。
「それで、わたくしの小切手帳は?」
「旦那様からは修道院では不要とのことで、今回は預かっておりません」
「どういうことよ。じゃあ、どうやってここで過ごせというの!」
「不都合がございましたら、旦那様にお尋ね下さい、クリスタルお嬢様。旦那様は帳簿から、刺繍等に必要な経費を既にお使いになられたと判断したようです」
手持ちの現金だけではなく、小切手帳を渡されないことにクリスタルは修道院長を待つ院長室で憤慨した。これからをどう過ごせというのかと。しかも今度は三ヶ月以上もここに居なければならないというのに。けれど院長室に修道院長がやって来ると、クリスタルは何もなかったかのように立ち上がり美しい所作で挨拶をしたのだった。王家が管轄する修道院の院長への態度は当然ながら弁えている。
「では、年内はこちらにご滞在されるということでお間違いございませんか」
「はい、当主の旦那様よりこちらを預かって参りました」
クリスタルの意思など関係なく、父からの命を受けた執事が全ての手続きを行っていく。貴族学院を卒業し、初めての本格的な社交界デビューをクリスタルは本来迎えるはずだった。由緒正しいオランデール伯爵家の娘として果たさなくてはならない役割が沢山あったはずだ。それなのに、当主である父がこんな決定を下すとはクリスタルには信じられなかった。
父は貴族学院でのクリスタルの成績がサブリナに助けられ得られたものだと憤慨した。しかし貴族学院は勉強だけを行う場ではなく、今後の貴族としての繋がりを築く大切な前段階でもある。その点に於いてクリスタルは、上手くやっていたはずだ。アルフレッドの気持ちを汲んでスカーレットに忠告したし、あの時点では未来の夫になると思っていたジョイスにも加担した。実際スカーレットに忠告する時は、他の令嬢とも協力体制を築いていた。
本来ならば、クリスタルは様々な繋がりを上手く利用し、今年正式に社交界デビューする令嬢の中で名前のように最も輝くはずだった。後で様々なことが分かる前までは、目の上のたんこぶだったスカーレットは汚名を雪ぐことなく王都を去っていたし。アルフレッドに選ばれたとはいえ、子爵家出身のシシリアなど成績だけで令嬢としての身のこなしはまだまだった。
それが、年内はここでお金もなく過ごすとは…。有り得ない。
クリスタルはこの状況を受け入れることなど到底出来ないと考えた。そして全ての元凶はスカーレットだと。スカーレットさえ変な手紙をオランデール伯爵家へ送ってこなければ…、そしてサブリナを話し相手に求めなければ…。
(そう言えば、わたくしがここに来る前に商家出身の使用人が辞めさせられたわね。たしか、元はサブリナの使用人の…)
商家ということは何かと便利だとクリスタルは考えた。それに平民なのだから、また伯爵家で使ってもらいたいに違いないと。
クリスタルは頭の片隅からオリアナという名前を思い出すと、以前商品を特別に購入した商人ならオリアナへ手紙くらいは届けてくれるだろうとこれからの計画を練ったのだった。




