王都キャリントン侯爵家16
オランデール伯爵家を訪問した翌日の夜になっても、簡単で構わない手紙は送られてこなかった。勿論簡単でいいと言われたからと言葉通りのものを送ってくる馬鹿はいないだろうが。その代わりと送られてきたのは、オランデール伯爵からの詫び状と木箱に収められたワインだった。
「さて、どう理解しましょうか、父上」
「キャストール侯爵がトビアスに伝えたことは真実ということだろう。オランデール伯爵家の中に我々の国の言葉をまともに理解する者はいない。それどころか契約内容を理解する者もな」
「わたしは吹き出しそうでしたよ、『前回の手紙に対する考え』とは何かと。あの時は、わたしも父上から教えていただきたいと言ってしまうところでした」
「しかし、分かっただろう、リーサルト。そんなことは聞いていないと言えない伯爵の現状を。しかもこの詫び状の内容から推測するに、どうやら息子はかなり使えないようだ。伯爵は前回の手紙の内容に全く触れることが出来ていない。まあ、その方が我々には好都合だったわけだが。知らせて欲しい途中経過など無かったのだから」
「取引相手は変えなければなりませんね。こちらの家にテレンス殿への祝いを贈らなくてはならないでしょうし」
「そうだな。そうしておけば、我々の事業姿勢のアピールになる。悪いビジネスパートナーから良いビジネスパートナーへ乗り換えることは躊躇しないと」
「しかし残念です、その離縁された妻に会ってみたかったですね」
「トビアスが持ち帰るだろう、リッジウェイ子爵令嬢の情報は。さて、伯爵にこの国の言葉で返信を用意してくれ、リーサルト。悪いビジネスパートナーを切り捨てるという趣旨の返信を」
セーレライド侯爵はそう言うと、この内容を使えばいいとオランデール伯爵の手紙をリーサルトへ手渡した。
オランデール伯爵は言い訳がましく、ジャスティンは回復しているのだがまだ起き上がったばかりで再度内容を精査した上で返事を送りたいと書いてきたのだ。詫び状というよりは、これはオランデール伯爵の主張。ジャスティンがそんなに長くは寝込んでいないということと、大切な契約には精査が必要だという。そして贈られたワインは、これでも飲んで待って欲しいという一種の賄賂のようなものだ。
「では、わたしの書く手紙を精査してもらいましょう。質問への回答が無かったので、次の小切手はこの世に現れないと。わたし達の国の言葉で、敢えて分かりづらい表現を用いるようにします。精査がお好きなようですから。しかし、精査は時間ばかりを掛ければいいものではありません。時にはスピードが勝負の時も。現れないと決定したのですから、彼らは早急に荷を止めないといけないでしょうね。でも、分かって下さるでしょうか、この表現が二度と取引をしないことだと」
「特別に、そこにこの国の言葉で注釈を入れてやればいい」
離縁されたという妻は言語能力やビジネス感覚に優れていたのだろう。そして、オランデール伯爵とその息子はその能力を搾取し続けていたようだとセーレライド侯爵とリーサルトは考えた。しかし何故金の卵を産む鶏を追いだしてしまったのだろうかと二人は疑問に思ったのだった。トビアスがファルコールへ向かう前に、教えてくれたこと以上にオランデール伯爵家には何かあるのは間違いないだろう。
この二人は客人としてキャリントン侯爵家に滞在中です。




