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トビアスを迎えての夕食のメインは唐揚げのハーブビネガーソース掛けに決まった。大量に揚げるのは大変だけれど、南蛮漬けにように冷めても美味しいのがありがたい。スポーツ観戦メニューのようだが、ピザも添えれば若い男性が多い食事の席では十分だろう。この時間ならピザ生地も間に合うことだし。何より、ピザの手間は準備だけ。仕上げは焼くだけな分パスタよりは大所帯には向いている。
「サラミやハムのスライスも出しましょう。だって、冬場ならサラミは隣国まで運べるかもしれないし。あ、だったらピザの具はキノコ類をメインにしたものも用意したほうがいいわね。乾燥キノコは絶対に隣国へ売れるわ」
キノコ類は色々な場所で固有種が自生しているが、ファルコールのポルチーニ茸と乾燥キノコはここだけのもの。だから薫は商売を視野に入れたメニューもトビアスへ提供することにした。今夜は歓迎会であり商談会ではないが、トビアスがここにやって来た理由が上手くいきそうにない時の代替案も用意したほうが良いと思ったのだ。
薫、ナーサ、ノーマンの三人でメニューの相談をしていると、ちょうどそこへお遣いから戻ったハーヴァンがやって来た。
「大丈夫そう?」
コクリと頷いてからハーヴァンは薫に封筒を手渡した。
「口頭でも返事をもらったけど、リアムと参加してくれるそうだ」
「そう、じゃあ、今日のメニューはこれでいいわね。久し振りにデズにもピザを食べてもらいたかったし」
「ところで、トビアス様は何の為にファルコールへ?」
「…実は、馬の施設に興味があるみたいなの。お父様が趣旨や計画の概要を説明して欲しいと、本人をここまで送ってきたみたい。だから早速ハーヴァンには頑張ってもらわないと」
前世で言うブレーンストーミングで、あれもいい、これもいいと予算や実現可能かは無視して話している段階なのに、既に引き合いの為見込み客が来てしまうとは。やはりキャストール侯爵はなかなかのやり手なのだろう。
問題はトビアスの反応。柱一本どころか、計画書もない状態でファルコールにやって来てどう思うだろうか。だから馬が駄目だった時に備え、無駄足にならないよう隣国まで運べそうな食材の紹介をしておこうと薫は思ったのだが。
「一番分かってもらえる方法は、種類の違う馬に乗って裏山の散策ってとこかな」
「そっか、そうよね。トビーが欲しいのは質の良い馬。だったら実際に体験してもらうのが一番だわ」
「それに、今は、いずれ施設に備わる温泉を人間用の場所で体験してもらっているんだろ?大丈夫だよ、なにせ温泉を大絶賛のスコットがアテンドしているんだから」
「ええ、長い移動の後で温泉に浸かるのだもの、スコットの説明と相まって良さを実感してもらえるわね」
施設の柱は一本も建っていないが、ここには素晴らしい馬もいれば、温泉もある。寧ろ計画段階でトビアスに伝えることは、特別感を与える演出に繋がるかもしれない。そしてキャストール侯爵こそ、それを見越していたのかもしれないと薫は思ったのだった。




