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まだ見てもいないというのに、デズモンドが警戒心を募らせるトビアスはファルコールの館に昼前に到着したのだった。従者を連れない代わりに、キャストール侯爵が付けたAを従えて。
薫というよりスカーレットとしても初対面のトビアス。緑が強めなヘーゼルアイを持つ、またもやイケメンの登場に薫はもう驚きも動揺もしなかった。元となった小説に出て来る人物達は皆整った顔をしている設定なのだろうと思い始めたからだ。
「キャァロル、でいいのかな?」
しかもこのイケメン、使う言葉が違う異国から来たとあって少しイントネーションが違う。それがまた何ともいい感じなのだ、というか可愛い。そして既に道中でAから色々聞いて来たのだろう、服装はちょっと前にやって来たハーヴァンのようだし、貴族らしい挨拶ではなく握手を求めてきたのだった。
イントネーションが少し変なイケメン。しかも、こちらに合わせようとする姿は薫にとても好意的に映ったのだった。
「これは閣下からの手紙。後で目を通して欲しい」
「ええっと、トビアス様、先ずは何かお召し上がりになりますか?」
「自分のことはトビーとでも気軽に呼んでくれ。他の人達も。同行してくれた彼は既にそう呼んでくれている」
ジョイスをジョイと呼ぶのとは意味が違う、トビアスのトビー。薫が視線でAに尋ねると、小さく頷いたことからトビーと呼ぶことで国際問題に問われはしないのだろう。それにしても、外国の侯爵家のトビアスと二人だけでここまでやって来たAの順応能力の高さに薫は驚いてしまった。どう考えても普段の業務とは結び付きそうにないが、Aには社交性があるようだ。否、もしかしたら様々なところに潜り込み、情報を聞き出すことに長けているという可能性もある。まあそれは夕食後のお茶の時には判明するだろうが。しかし薫は今聞き出さなければならないことがある。
「じゃあ、トビー、嫌いなものはある?それとわたしはキャァロルじゃなくて、キャロルよ」
「ごめん。畏まった話し方は沢山練習した、けど、普通はあまりしてない。変なとこあったら、直ぐ教えて」
「そこは気にしないで。寧ろこの国の言葉を使ってくれてありがとう。それで、嫌いなものは?」
「変なものでなければ食べられる。それに彼が教えてくれた。ここの料理はどれも旨いって」
「でも、先に断っておくわ。侯爵家の食事に出てくるようなものは期待しないでね。勿論心を込めて料理はするけど」
「ありがとう、キャ、ロル」
トビアスはキャリントン侯爵のこともキャァリントン侯爵と言ってしまうのだろうかと思いながら、目の前の異国の客人とのお茶を薫は楽しんだのだった。




