王宮では51
『アルフ様、これは幼い頃から共に学び遊んだ友人としてのスカーレットの手紙です。この先を読むも読まないも義務ではなく、あなたの自由です』
懐かしい呼び名、それもたった一人だけが使っていたもので始まる手紙にアルフレッドは様々な思いがこみ上げてきた。あの日もスカーレットはアルフレッドを殿下と呼んだ。嘗てのアルフレッド様ではなく、殿下。それはアルフレッドがそうさせたからに他ならない。
『二度とおまえに名を呼ばれたくない』
どうしてあんなことを言ってしまったのか今では理由すら思い出せないというのに、その後スカーレットから殿下と呼ばれ続けたことは覚えている。二人の間にそんなことはなかったかのように始まる出だし。スカーレットもこの始まりで良いか悩んだ末に書いたのだろうとアルフレッドは考えた。
これはスカーレットの一つ目の問いだ。名を呼んでも良いのかという。そこでアルフレッドが不快を感じるのならば、この先は読まなくてもいいという意思を示し、それはもう友人にも戻れないということを意味している。
もしもここにスカーレットがいるのなら、『どうか昔のようにアルフと呼んで欲しい』とアルフレッドは迷うことなくはっきりと答えただろう。そして本来アルフレッドに許されない事だが、他者の前であろうと『ごめん、スカーレット』と謝ったはずだ。
そしてアルフレッドはこの先を読む自由を選んだ。美しい文字から、書いている時のスカーレットを想像しながら。
アルフレッドが選んだ自由に最初に書かれていたのは、ジョイスのことだった。近々王宮を去ると知った上で、それでも友人であることには変わりないと綴ってきたのだ。距離が開こうが友人であることは、この先ずっと変わらないと。だからこそテレンスも遠く離れた国へ向かうことに、何の躊躇いも見せなかったのではないかとも書かれていた。
距離があっても、アルフレッド、ジョイス、テレンスの関係は変わらないとスカーレットは言いたかったようだ。
では、スカーレットは?
スカーレットは敢えて、その続きに自分のことは触れていない。出だしで『アルフ』と呼ぶことは友人としてだと断っておきながら、今もその関係に変わりはないと書いてはくれなかった。
ジョイスとテレンスは友人であり側近だった。そこから側近が引かれても、友人は残る。スカーレットは友人から婚約者に変わり、その関係をアルフレッドが破棄した。一方的にその関係を捨てたのだ。あの日を境に何も残らなくなった。
しかしあんなことをしてしまったアルフレッドにスカーレットはどこまでも優しかった。
手紙の続きに書かれている内容に、アルフレッドは涙がこみ上げるのを感じた。ここが執務室ではなく、ジョイス達が周囲にいなければ、声を出し後悔を露わにしていたことだろう。
「侯爵、悪いがダニエルに持っていってもらいたいメモを用意させてくれ。今後また仕事を依頼した時に、報告方法の参考になるだろう」
「ありがとうございます。なかなか教育が進まず、殿下にまでご迷惑をお掛けしてしまったようで。わたしがどれだけの仕事を回せるかは、今後の本人次第、と言ったところでしょうか」
侯爵の言葉の中の主語や目的語は適宜変換しなくてはならない。そうしなければ、侯爵がスカーレットの手紙を取り次いでくれることは二度とないだろうとアルフレッドは理解した。




