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三日目の夜、薫はシイタケ出汁のだし巻き卵、ゆで卵入りポテトサラダ、と何の思惑もなく自分が食べたい卵を使った料理を作った。強いて理由を挙げるなら、この二つは出来たてでなくても良い料理なのでテーブルに品数を増やすにはちょうど良いと言うところだろう。
そしてメインは唐揚げ。ニンニク、塩、胡椒、白ワインで下味を付けたものを揚げ、ファルコールでよく採れるパセリに似たハーブを細かく擦りお手製マヨネーズにふんだんに投入したソースを添えた。
本当はニンニク醤油で下味を付けたいところだが、ファルコールでは大豆を作っていないため流通量が乏しい。麹菌は作ろうと思えば、美味しい醤油が出来る麹菌とか、まろやかなのにコクのある醬油が出来る麹菌と如何様にも出来るというのに。
それでもどんどん皆の口へ運ばれていく唐揚げを見れば、この下味も美味しいということだ。そう思うことで、薫はニンニク醤油への切望を何とか断ち切った。
「キャロルさん、本当にここの食事は美味しいです。僕は直ぐにここに来られるよう、頑張りますよ」
「ふふ、ありがとうございます。わたしもスコットさんが一日でも早く来てくれるのを待っています」
「いいな、俺もスコットと一緒に来たいよ」
「ドミニクはケレット辺境伯領でしっかり働きなさい。でも、たまになら遊びに来てもいいわよ」
「冷たいなぁ、子供の頃は一緒に寝た仲なのに」
「その言い方、なんか嫌だわ。騎士の皆さんも沢山食べて下さいね」
「ありがとうございます」
「キース達はどうする?キャロルの言葉に甘えてここに住むか?」
騎士の中でリーダー格が、ドミニクから質問を受けたキースだった。どうやら彼等の中では、このファルコールの館も滞在先の一候補なのだろう。
「ドミニク様、キースはこちらにそのうちサラを呼びたいみたいで」
「ああ、そういうことか。なあ、キャロル、ここで食事だけ食べることは可能か?勿論代金はまとめてうちで払うから」
「代金なんていらないわよ、実はわたしあるところから大金を貰ったから」
「…」
「ちょっと、黙らないで。ここは笑ってもらうところだったのに」
「笑えないだろ、その冗談」
「笑ってくれた方が嬉しい。だって、わたしにとってはもう笑い話だもの。でも、どうして食事だけなの?」
「キースはここでの生活が落ち着いたら彼女を呼びたいらしいから」
「だったら、彼女も含めてここで生活すればいいじゃない。部屋なら沢山あるもの」
「いや、それは」
「大丈夫よ。ここはそこら辺の貸部屋より壁が厚くて頑丈だから」
「ええっと、キャロル、その配慮はありがたいけれど…」
「あ、ごめんなさい。あの、キースさんも、その、他のお二人も、もしも連れて来たい方がいたらご一緒にどうぞ」
今更だが、スカーレットは二十歳前の未婚の令嬢。四十前の恥じらいを忘れたお局ではなかった。あからさまではないにしろ、ご令嬢としてははしたなかったようだ。薫に言われたことで、ドミニク達の方が若干顔を赤らめてしまっている。
けれど、それは一瞬。事前にした薫以外は誰も笑えなかった冗談が、その場の全員に同じような考えをもたらしたのだった。スカーレットは王族に嫁す身として、結婚後は早くに子を産むよう言われ続け、その為の教育も受けていたから顔色一つ変えずにあのような発言をしたのだろうと。
だから皆、アルフレッドから貶められるかのような婚約破棄に心の中で腹を立てた。十年の献身が、ほんの数分でゴミ以下のように捨てられたことに。
そのことは、キースを始め騎士三人の弱き者を守るという自分達の役目に火をつけることにつながった。仮令自国の民ではないスカーレットだとしても、守らなくてはいけないと。
「キャロルさん、では我々はこちらに滞在したいと思います」
「いっそのこと、今度来るときに彼女も連れてきたら?」
「ありがとうございます。そのことで、図々しいとは思うのですがお願いを聞いてはもらえないでしょうか?」




