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薫はその夜、明日どう自分の心の動きをデズモンドに伝えるべきか悩んだ。簡単に言ってしまえば、自分磨きの努力を始めたサブリナを妬み、そんな醜い感情を抱いたと伝えた後のデズモンドの反応が怖かった。質問された後に直ぐ答えられなかったこと自体怖さの表れ。そう、時間稼ぎをしたのだ。
心も容姿も美しかったスカーレット。しかし、体を引き継いだだけで今のスカーレットの中身は薫。心も同じようにとはいかない。だから醜い感情を持ってしまう。そしてそれを吐露した時に、デズモンドからがっがりされてしまったら…。
それでも薫は抱いた感情を正直にデズモンドに伝えるべきだと思った。一度感情を誤魔化してしまえば、これから先もデズモンドの顔色を窺って同じことを繰り返してしまうだろうから。それでは体はスカーレットで中身は薫が都合良く作り上げた偽物の薫にすぎない。
第一デズモンド程他人の顔色を窺うのに長けた人間が、表情の変化の裏にどういう種類の感情が隠れているかに気付かないはずがない。その上で一緒に解決策を考えると言ってくれたのだろう。
キャストール侯爵の手紙には、時折デズモンドをどこまで信用出来るのかが分からないと書いてある。それはそうだ、侯爵が今持つデズモンドの情報は全て薫やケビンといった他者からのもの。自分の目で確かめたのではないのだ。でも、薫は今デズモンドの間近でその姿を見ている。だから侯爵にも信じられる人物だと手紙に書いた。
そうだ、信じてみよう。信じてみないことには何も本音で話すことは出来ない。最初の勇気を持たなければ、何も始まらないだろうから。本音を言ってデズモンドに退かれてしまったら、そこまでの関係だったと思えばいい。しかし、そう簡単に割り切れないから、怖くもあり、悩んでしまうのだろう。
薫は気持ちが行ったり来たりする中、整理する為にもデズモンドに言うべきことを紙に書き始めた。そこにはラブレターのような甘さはなく、業務報告のような箇条書きだけだが。ただ文字を綴りながら、どうかこんな感情を持つ薫を受け入れて欲しいと願った。信じる人に去られてしまうのは悲しいことだから。
…去られるのは悲しい。
薫は当たり前過ぎることをその言葉で気が付いた。ジョイスがファルコールにやって来るということは、アルフレッドの傍を去らなければ不可能だ。そしてテレンスがジョイスに先だって、アルフレッドの側近ではなくなったと少し前の侯爵からの手紙には書いてあった。アルフレッドの立場では薫のようにジョイスやテレンスの手を握り引き止めることは出来ない。寧ろ自らの手で愛したシシリアを修道院へ送らなければならない立場だった。なんて寂しい立場だろう。
困ったことに薫はスカーレットが筋書きから逸れてしまったことを知っている。逸れていなければ、アルフレッドは信頼のおける幼馴染と愛するシシリアを失うことが無かったことも。
先日の贈り物のせいかは分からない、けれど薫は改めてスカーレットの婚約者としてではなくアルフレッドという人物について考え始めたのだった。




