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前リッジウェイ子爵がサブリナへ宛てた手紙。それは『離縁された娘なのだから、当分邸には戻ってくるな。それが出戻りとなるサブリナへの罰だ』という厳しい内容で始まっていた。しかし読み進めると、書かれていることは厳しさではなく、前リッジウェイ子爵の不器用な優しさだと分かるものだった。
王都にいれば口さがない者達の言葉が嫌でも耳に入ってしまう。だから戻ってくるなと前子爵は言っているのだ。そして、他人の不幸は蜜の味。サブリナが王都にいずとも、他者の不幸で喜びたい者は面白おかしく話すことだろう。それらを全て前子爵夫妻は自分達が引き受けると言っているのだ。
「お父様とお母様に相談していたら…。どういう状況になっていたかは分からないけれど、こんなに悲しませなくて済んだのに…」
「サビィ、過去はどうにも出来ない。それにお二人が悲しんでいるのは、あなたに辛い時間を過ごさせたことによ。離縁や誰かの心無い言葉へではない。だからあなたが幸せな時間を過ごせば喜んでくれるわ」
「ええ、そうね。わたしが楽しい毎日を過ごして、そのことを手紙に書けば、それを読む二人にも楽しさが伝わって喜ぶはずだわ。それで、改めてキャロルにお願いしたいの。暫くわたしをここに滞在させて下さい」
「勿論滞在してちょうだい」
「けれど、今までと同じではなく、わたしも何かしたいの。少しでも役に立つよう」
「あら、あなたは心の療養中のスカーレットお嬢様の話し相手としてファルコールに来ているのだから、既に役に立っているわ」
「ふふ、それはサブリナのことね。サビィであるわたしはキャロル同様活動的になりたい。お料理も今の簡単なことだけから、もっと挑戦してみたいし。だってあれはわたしに自信を持たせる為のあなた達の作戦だったのでしょう?」
「違うわ。自信を持たせて、もっと手伝って貰う為の作戦だったの。だから、わたし達は成功したようね」
サブリナは離縁成立の区切りとして、改めてファルコールの館での滞在を願い出たのだろう。それも、楽しい毎日を過ごす為に活動的になりたいと宣言して。まあ離縁後のサブリナがファルコールの館に滞在することは既定路線。それでも改めるあたりが、非常にサブリナらしいと薫は思ったのだった。
「それで、ツェルカなんだけど、お父様によると罰を受けているわたしの監視役としてここに滞在するそうよ」
前子爵はサブリナに罰を与えると書いた以上、その姿勢を貫くことにしたのだろう。薫は不器用な父親である前子爵を思い吹き出しそうになってしまった。そしてその監視期間は次に前子爵夫妻がファルコールの館にやって来る秋まで。ツェルカにファルコールの冬は厳しいだろうから、その際に王都に連れ帰る予定だそうだ。
「お父様はあなたと侯爵への感謝を込めて、ファルコールの館を予約したのね。序にツェルカを連れ帰れるし」
「肝心な一文が抜けてるわね。前子爵はあなたに会いたいのよ」
「あら、これが一番重要な文章よ。ツェルカがいなくても自分で全部出来るようになりなさい、がね」
罰ではなく全てが娘の為。それが分かっているから、手紙を読むサブリナの目は嬉しそうだった。




